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【テクニカルレポート】新しい免疫沈降実験ツールの紹介

本記事は、和光純薬時報 Vol.79 No.1(2011年2月号)において、和光純薬工業株式会社 ゲノム研究所 西部 隆宏、吉居 華子が執筆したものです。

はじめに

免疫沈降法は、ビーズに固定化した抗体が抗原(目的のタンパク質)と反応し沈殿することを利用した抗原の分離・精製法です。この方法は単に抗原タンパク質を精製するためだけの方法ではなく、抗原タンパク質と相互作用するタンパク質や核酸などを共沈させることができるため、タンパク質間相互作用の同定、クロマチン免疫沈降(Chromatin Imuunoprecipitaion : ChIP)、RNA 免疫沈降(RNA Immunoprecipitaion : RIP)などの実験に応用されており、プロテオミクス、エピジェネティクス、non-coding RNA 研究など幅広い研究分野で重要な技術となっています。この度、当社では免疫沈降法に適した抗体固定化ビーズを簡便に作製することができる Antibody Immobilization Kit IP を開発しましたのでご紹介します。

Antibody Immobilization Kit IP の特長

免疫沈降法で使用するビーズには一般的に多孔性アガロースやセファロースまたは磁性体などが用いられていますが、本キットではシリカビーズの表面に特殊ポリマーをコーティングした非特異吸着性の低い新しいタイプのビーズを採用しています。粒子径が 1~8µm と小さく、アガロースやセファロースに比べ高密度であることから、遠心分離後のビーズがチューブの底にしっかりと吸着し、上清の除去をデカンテーションにより行うことが可能です。

また抗体のビーズへの固定化法は一般的に Protein A や Protein G などを介してアフィニティー結合により固定化する方法とビーズ表面の官能基と抗体のアミノ基をカップリングさせ化学結合により固定化する方法が用いられていますが、本キットでは化学結合による固定化法を採用しています。ビーズ表面の PNP(p-ニトロフェニルオキシカルボニル)基と抗体のアミノ基が反応することで抗体をビーズに固定化することができます(図 1)。化学結合による固定化法はアフィニティー結合による固定化法に比べ操作ステップが多く時間も要するのですが、固定化した抗体が剥がれにくい、抗体の動物種やサブクラスによる固定化効率への影響を受けにくい、抗体以外のタンパク質も固定化可能などの利点を有しています。

図1.ビーズ表面PNP(p-ニトロフェニルオキシカルボニル)基とアミノ基の反応
図1.ビーズ表面PNP(p-ニトロフェニルオキシカルボニル)基とアミノ基の反応

本キットにはビーズに抗体を化学結合させるために必要な試薬がすべてセットされており、簡便に抗体固定化ビーズを作製することができます。

抗体固定化ビーズの免疫沈降能

本キットでは抗体を固定化した後の洗浄条件として、中性 buffer のみで洗浄するプロトコール 1 と、中性 buffer と酸性 buffer で交互に洗浄するプロトコール 2 を設定しています。ビーズから剥がれた抗体が免疫沈降溶出液中に混入するのを改善したい場合にはプロトコール 2 が有効です。

この 2 通りのプロトコールで抗ヒト血清アルブミン(HSA)モノクローナル抗体を固定化したビーズを用いて、HeLa 細胞ライセート(1 × 106 cells 由来)に抗原の HSA を添加した溶液からの添加抗原の回収実験を行いました。その結果、どちらを用いても、HeLa 細胞由来の非特異吸着タンパク質の混入は少なく、添加した HSA が高純度に回収できることが示されました(図 2)。

また、プロトコール 2 により作製したビーズを用いた場合、免疫沈降溶出液中にビーズから剥がれた抗体の混入が抑えられていることが示されました(図 2)。

図2.抗体固定化ビーズの免疫沈降性能
図2.抗体固定化ビーズの免疫沈降性能
本キットを用いて抗体固定化時の洗浄条件が異なる2通りのプロトコール(プロトコール1:中性bufferのみで洗浄、プロトコール2:中性bufferと酸性bufferで交互に洗浄)により抗ヒト血清アルブミン(HSA)モノクローナル抗体固定化ビーズ(抗体固定化量2. 5μg/mg beads)を作製した。そのビーズ2mgを使用して、HSA 200ngを添加したHeLa細胞ライセート(1x 106 cells由来)から免疫沈降法による添加抗原の回収実験を行った(抗原溶出には0.1mol/L glycine-HCl(pH 2.5)を使用)。免疫沈降回収液をSDS-PAGEにかけ、銀染色により検出した結果、免疫沈降回収液中にHeLa細胞由来の非特異吸着タンパク質の混入は少なく、添加したHSAが高純度に回収できることが示された。また、プロトコール2により作製したビーズを用いた場合、免疫沈降回収液中にビーズから剥がれた抗体の混入が抑えられていることが示された。

RNA 免疫沈降法への応用

次に、キットにより作製した抗体固定化ビーズを RNA 免疫沈降法に応用した例をご紹介します。当社では本キットで用いているシリカビーズに抗 Argonaute 抗体を固定化したビーズを使用して、RNA 免疫沈降法により Argonaute タンパク質に結合した microRNA を取得できる microRNA Isolation Kit シリーズを販売しております。

その中の 1 つで抗ヒト Ago2 抗体を固定化したビーズを用いている microRNA Isolation Kit, human Ago2 により、ヒト細胞株の細胞ライセートから Ago2 に結合した microRNA を精製しました。その結果、さまざまなヒト細胞株からの高純度の microRNA が取得できることが示されています(図 3)。

図3.抗体固定化ビーズのRNA免疫沈降法への応用
図3.抗体固定化ビーズのRNA免疫沈降法への応用
RNA免疫沈降試薬のmicroRNA Isolation Kit, Human Ago2では、本キットで用いているシリカビーズに抗ヒトAgo2抗体を固定化したビーズを使用している。この microRNA Isolation Kit, Human Ago2を用いて、ヒト培養細胞株3種類(HeLa、HepG2、HEK293)、及びマウス培養細胞株(P388D1)からAgo2に結合したmicroRNAを精製した。精製サンプルをUrea-PAGEの後、銀染色によって検出した結果、ヒト培養細胞株からAgo2に結合した約22塩基のmicroRNAが高純度に精製されていることが示された(抗体が反応しないマウス細胞株からはmicroRNAは精製されなかった)。 使用細胞数は5 x 106 cells相当。

抗体以外のタンパク質の固定化

最後に、抗体以外のタンパク質をビーズに固定化する 1 例として、Protein G タンパク質をビーズに固定化し、そのビーズを用いて溶液中の抗体回収能を評価しました。その結果、Protein G 固定化ビーズの量に依存して、溶液中のマウス IgG を回収できることが示され、抗体以外のタンパク質をビーズに固定化したアフィニティー実験にも本キットを用いることができることが示されました(図 4)。

図4.抗体以外のタンパク質の固定化
図4.抗体以外のタンパク質の固定化
本キットによりProtein Gタンパク質をビーズに固定化し(Protein G 固定化量20μg/mg beads)、そのビーズ0.5 ~ 4mgを用いてTBS溶液に添加したマウスIgG(5μg)の回収能を評価した。回収液をSDS-PAGEにかけ、CBB染色により検出した結果、Protein G固定化ビーズの量に依存して溶液中のマウスIgGが回収でき、抗体以外のタンパク質をビーズに固定化してもアフィニティー実験に用いることができることが示された。

おわりに

以上のように Antibody Immobilization Kit IP により作製した抗体固定化ビーズは免疫沈降をベースとしたさまざまな実験に応用することができ、また、抗体以外のタンパク質のアフィニティー実験にも利用することができます。ぜひ皆様のご研究にお役立て頂ければと考えます。

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