【テクニカルレポート】microRNA Extractor® SP Kit (血液中の microRNA 抽出用試薬)の開発
本記事は、和光純薬時報 Vol.79 No.4(2011年10月号)において、和光純薬工業株式会社 ゲノム研究所 光葉 麻理、平安 一成が執筆したものです。
はじめに
microRNA は約 22 塩基からなる機能性低分子 RNA で、遺伝子発現を制御するガイド分子として機能しており、分化、発生あるいはがん化など多くの生命現象に深くかかわっていることが知られています。最近は、その働きに注目が集まり、将来的にヒトの血漿や血清中に存在する microRNA が悪性腫瘍やその他の疾患のバイオマーカーとなりうる可能性を示唆する報告もなされています 1,2)。
そこで筆者らは、ヒトの血漿や血清から microRNA を抽出するのに適した「microRNA Extractor® SP Kit」を新たに商品化しました。これまでに当社はカオトロピック剤を用いる DNA Extractor® シリーズを商品化してきましたが3,4,5)、この microRNA 用キットも DNA Extractor® シリーズと同様に劇物のフェノールやクロロホルムを使わずに血漿や血清中の microRNA を高効率に回収することができます。
本法は、血漿あるいは血清中にタンパク質変性作用の強いカオトロピック剤とタンパク質分解酵素を加えてタンパク質を分解し可溶化させた後、上清にアルコールを添加しシリカスピンカラムにかけることによって microRNA を精製・回収する簡便法です(操作法はフローチャートを参照)。抽出された RNA は、microRNA 研究において頻繁に用いられる発現解析法である TaqMan® MicroRNA Assays(ライフテクノロジーズ社)を用いた定量的リアルタイム PCR などに適用することができます。
基本性能
線虫 Caenorhabditis elegans の microRNA として知られる cel-miR-238(合成オリゴマー)をヒト正常血漿 200µL に添加し、本キットによる抽出操作を行った後、TaqMan® MicroRNA Reverse Transcription Kit(ライフテクノロジーズ社)と TaqMan® MicroRNA Assays(ライフテクノロジーズ社)を用いて定量的リアルタイム PCR を実施し、回収率を算出しました。その結果、1 テストあたり 104 copy 添加した低濃度の場合でも安定して microRNA を回収することができ、添加した 104~ 108 コピーのいずれの場合でも回収率は 60%~80%と高い値を示しました(図 1)。
この結果は、本キットがゲノム DNA や total RNA に比べて取得が難しい低分子 RNA において優れた回収率を示すことを表します。
他社製品との比較
一般に microRNA など低分子 RNA の抽出に使用されているキット・試薬との性能を比較するために、正常ヒト血漿中の内在性 microRNA の定量検出を行いました。比較対象としたキットは、有機溶剤とシリカカラム法を組合せた A 社及び B 社の製品、ならびに AGPC(Acid Guanidinium Phenol Chloroform)法のみをベースとした C 社の製品で、microRNA Extractor® SP Kit と各社のキットを用いて血漿中に含まれる RNA を抽出し、上記と同様にリアルタイム PCR にて定量検出しました。
その結果、いずれの血漿検体でも、本キットの方が他社製品よりも内在性 microRNA(hsa-miR-122)を高い効率で抽出できることが示されました(図 2)。また、データは掲載しませんが、hsa-miR-16 及び hsa-miR-451 も同様に他社製品よりも高い効率で抽出できることが示されました。
同一検体の血漿及び血清での実施例
microRNA Extractor® SP Kit 及び A 社のキットを用いて健常人由来の血漿及び血清各 5 検体から microRNA を抽出しました(図 3)。検体 A から検体 E のそれぞれの血漿及び血清は同一健常人の血液に由来します。上記と同様にリアルタイム PCR で microRNA(hsa-miR-16)の定量検出を行ったところ、血漿のみならず血清においても本キットは A 社製品より高い効率で microRNA を抽出できることが示されました(図 3)。また血清よりも血漿に、より多くの microRNA が含まれる傾向であることがわかりました。
まとめ
今回の結果より、microRNA Extractor® SP Kit の特徴として血漿や血清から microRNA を簡便かつ高効率で抽出できることが示されました。
miRNA が容易な方法で効率よく抽出されることは、血液中の microRNA と各種疾患の診断法や治療法などの研究分野の進歩に寄与できるものと考えられます。本キットに興味を抱いていただき、皆様方の研究の一助となれば幸いです。
参考文献
- Mitchell, P. S. et al. : Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 105 (30), 10513 (2008). DOI: 10.1073/pnas.0804549105
- Chen, X. et al. : Cell Res., 18 (10), 997 (2008). DOI: 10.1038/cr.2008.282
- Ishizawa, M. et al. : Nucleic Acids Res., 19 (20), 5792 (1991). DOI: 10.1093/nar/19.20.5792
- Wang, L. et al. : Nucleic Acids Res., 22 (9), 1774 (1994). DOI: 10.1093/nar/22.9.1774
- 平安一成:和光純薬時報, 72 (4), 10 (2004).