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【連載】Wako Organic Chemical News No.10「Bredereck試薬の活用」

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今月の反応・試薬 「 Bredereck試薬の活用 」 サイエンスライター : 佐藤 健太郎氏

概要

オレフィンメタセシスや、C-H結合活性化反応など、遷移金属触媒を活用した炭素-炭素結合生成反応の進展は目覚ましく、有機合成の世界を大きく変えつつある。しかし一方で、カルボニル基の化学を中心とした、いわば「古典的な」反応も、価値を失ったわけではもちろんない。扱いやすさ、廃棄物処理の簡便さなどのメリットを考えれば、改めて光を当てるべき反応や試薬も多数ある。1968年にH. Bredereckらが報告した試薬であるtert-ブトキシ-ビス(ジメチルアミノ)メタン、いわゆるBredereck試薬もその一つで、カルボニル基α位の官能基化などに力を発揮する1-3)

tert-ブトキシ-ビス(ジメチルアミノ)メタン(Bredereck試薬)

tert-ブトキシ-ビス(ジメチルアミノ)メタン(Bredereck試薬)

Bredereck試薬は無色から淡黄色、沸点約128℃の液体で、多くの場合分解物のアミンによる臭気がある。空気中の水分と反応して少しずつ分解するため、開封後は密栓して -20 ℃ 程度で保存する。多くの有機溶媒(ベンゼン、トルエン、シクロヘキサン、エーテル、THFなど)と混和するが、水やアルコールなどのプロトン性溶媒とは反応してしまうため使えない。アセトンやアセトニトリルなど、ある程度酸性度の高いプロトンを持つ溶媒も、加熱条件ではBredereck試薬と反応してしまうため、使用を避ける。

Bredereck試薬の基本的な用途として、カルボニル基α位のアミノメチレン化がある。Bredereck試薬は、加熱によって強塩基性のtert-ブトキシアニオンと、イミニウムイオンに開裂する。このtert-ブトキシアニオンがカルボニル基α位のプロトンを引き抜き、イミニウムイオンとの間にMannich反応を起こす。付加体からジメチルアミンが脱離することで、アミノメチレン化が完了する。

Bredereck試薬とカルボニル化合物との反応

Bredereck試薬とカルボニル化合物との反応

似た目的で使われる試薬として、N,N-ジメチルホルムアミドジメチルアセタール(DMF-DMA,Me2NCH(OMe)2)があるが、Bredereck試薬は多くの場合これを上回る反応性を示す。たとえば下図のような反応で、DMF-DMAでは95~100℃で4時間を要した反応が、Bredereck試薬では50℃、4時間以内で終了したと報告されている4)

付加体の変換

Bredereck試薬とカルボニル化合物の反応で得られた生成物は、様々な変換が可能な、有用な合成中間体となりうる。たとえばピログルタミン酸に対してBredereck試薬を作用させると、高収率でアミノメチレン化された生成物が得られる。

これを1当量のDIBAL-Hで還元すれば、ジメチルアミノ基が失われ、α-メチレンピログルタミン酸が得られる2)。テルペン類など天然物には、こうしたエキソメチレン部位を持った化合物が多いため、有用な反応である。また付加体のエナミン誘導体を、Pd/C触媒存在下で水素ガスによって接触還元すれば、アミノメチレン基はメチル基にまで還元される2)

また、生成物のエナミンを、酸性条件下亜硝酸ナトリウムと撹拌し、得られたオキシムを接触還元することで、アミノ基に変換できる2)。間接的に、カルボニル基のα位にアミノ基を導入できることになる。

付加体の二重結合をオゾン分解で切断してやれば、1,2-ジオンが得られる。結果として、カルボニル基のα位をケトンへと酸化した形になる2)

天然物全合成への応用

天然物全合成にBredereck試薬を活用した例として、福山透らによるゲルセモキソニンの合成がある。図のようなかなり複雑な骨格に対しても、Bredereck試薬によって収率よく反応が進行し、側鎖導入の足がかりとしている5)

また桑嶋功・谷野圭持らは、インゲノールの全合成にBredereck試薬を活用している。隣接ケトンを利用した直接的メチル化の代わりにこれを用い、一炭素導入に成功した6)

ヘテロ環合成への応用

Bredereck試薬とカルボニル化合物の反応によって得られる生成物は、1,3-ジカルボニル化合物の等価体とみなすことができる。これは、各種ヘテロ環の合成に広く応用が可能である。たとえば、付加生成物をアミジン、グアニジン、チオウレアなどと共に加熱することで、ピリミジン骨格が得られる。同様に、ヒドラジン誘導体と反応させれば、ピラゾール骨格が簡便に合成できる。

ピリジン環合成に適用した例もある2)。下図のように、ピリドン環に結合したメチル基プロトンの酸性度は高いため、Bredereck試薬と反応してジメチルアミノメチレン化される。この付加体を酢酸アンモニウムと加熱することで、収率よくピリジンへの環化が進行する。

インドール環合成は、Bredereck試薬の最も重要な応用の一つだ。例えば、下図のようにニトロ基を持ったテトラヒドロナフタレン環に対してBredereck試薬を作用させ、ニトロ基を接触還元すると、生じたアミノ基がエナミン部分と反応して環化し、インドール骨格を形成する2)。DMF-DMAを用いる、Leimgruber-Batchoインドール合成の変法に当たる。温和な条件下、収率よく短工程でインドール環を形成できるため、有用性が高い。

このようにBredereck試薬は、適当な溶媒中カルボニル化合物と共に加熱するだけで付加体が得られ、複雑な基質にも適用できる。また得られた生成物は、ヘテロ環化合物などへと効率よく変換可能であり、合成的に有用な中間体となりうる。有害な廃棄物なども出さず、精製も容易であり、大スケール合成にも適用できる利点も持つ。登場から半世紀近くを経た試薬であるが、改めて見直される点の多い試薬と思われる。

参考文献

  1. Bredereck, H et al., Chem. Ber. 101, 411968.
  2. Kantlehner, W and Prakt., J. Chem. Chem.-Ztg., 337, 418 (1995).
  3. G. B. Rosso, Synlett, 809.(2006).
  4. A. T. Gillmore et al., Org. Process Res. Dev., 16, 1897 (2012).
  5. J. Shimokawa et al., J. Am. Chem. Soc., 133, 17634 (2011).
  6. K. Tanino et al., J. Am. Chem. Soc., 125, 1498 (2003).

注目の論文

① Rhodium-catalysed syn-carboamination of alkenes via a transient directing group

Tiffany Piou & Tomislav Rovis <br/ >Nature, 527, 86 (2015).

フマル酸誘導体など電子不足のオレフィンに対する、カルボアミノ化反応。ロジウム触媒により、C-C結合とC-N結合が一挙に形成される。フタルイミドのカルボニル基が、Directing groupとしてはたらく。

② Graphene-Catalyzed Direct Friedel - Crafts Alkylation Reactions: Mechanism, Selectivity, and Synthetic Utility

Feng Hu, Mehulkumar Patel, Feixiang Luo, Carol Flach, Richard Mendelsohn, Eric Garfunkel, Huixin He, and Michal Szostak
J. Am. Chem. Soc., ASAP DOI: 10.1021/jacs.5b09636

電極材料などとして注目されるグラフェンオキシドの、有機合成への応用。Friedel-Craftsアルキル反応の触媒としてはたらき、スチレン誘導体からジアリールメタン型骨格が収率よく得られることが報告されている。

③ An enantioselective artificial Suzukiase based on the biotin - streptavidin technology

Anamitra Chatterjee, Hendrik Mallin, Juliane Klehr, Jaicy Vallapurackal, Aaron D. Finke, Laura Vera, May Marsh and Thomas R. Ward
Chem. Sci., DOI: 10.1039/c5sc03116h

各種タンパク質に対して、ビオチン-ストレプトアビジン結合を介してパラジウム触媒部位を組み込み、鈴木-宮浦カップリング反応を行なった。軸不斉ビアリール化合物を高い不斉収率で得ることに成功し、人工酵素「スズキアーゼ」と命名している。

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