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【連載】Wako Organic Chemical News No.04「MPV還元とOppenauer酸化」

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今月の反応・試薬 「 Meerwein-Pondorf-Verley還元とOppenauer酸化 」  
  サイエンスライター : 佐藤 健太郎氏

アルデヒドやケトンからアルコールへの還元、及びその逆反応である酸化反応は、有機合成化学において最も頻出する官能基変換である。このため、古くから多くの手法が研究されてきたが、いまだ全てにわたって完璧という反応はない。たとえば、よく用いられるアルミニウム系還元剤は、水分と反応して発火するなど取り扱いが難しい。また酸化剤の方も、毒性、爆発性、悪臭、操作の煩雑さなど、それぞれ問題を残す。このため、酸化還元反応の開発は、有機化学の永遠のテーマということもできよう。

その中にあり、Meerwein-Ponndorf-Verley還元(MPV還元)とOppenauer酸化は、危険な試薬も用いず、操作も簡便な優れた方法で、古くから広く愛用されている反応である。前者はまず1925年、H. Meerweinがエタノールとアルミニウムエトキシド(Al(OEt)3)を用いてアルデヒドを還元できることを報告し、同年A. Verleyがアルミニウムイソプロポキシド(Al(OiPr)3)を用いてケトンを還元できることを見出した。さらに1926年、W. Ponndorfが、他の金属アルコキシドを用いても進行することを発見し、また反応が可逆であることも報告している。

しかしその可逆性を生かし、酸化反応に用いようという試みは、ようやく1937年になって行なわれた。この反応は報告者R. V. Oppenauerの名を取り、Oppenauer酸化と通称される。現在では、両反応ともアルミニウムイソプロポキシドを用いることが標準的になっている。

反応のメカニズムは、R. B. Woodwardによって提唱された。アルミニウム上にイソプロポキシ基とカルボニル酸素が配位し、6員環椅子型遷移状態を経て、ヒドリドが移動することによって反応が進行する。

MPV 還元のメカニズム
MPV 還元のメカニズム

前述の通り、MPV還元とOppenauer酸化は表裏一体の関係にあり、反応条件をうまく調整することによって、望む方向に平衡を傾けてやる必要がある。具体的には、大過剰(多くは溶媒量)のイソプロピルアルコールを用いれば、基質は還元される方向に向かい、アセトンなどのケトンを溶媒として用いれば、酸化反応が進行する。

反応が可逆であるため、MPV還元では基本的に熱力学的に安定な生成物が優先的に得られる。反応速度を上げたい場合には、高沸点溶媒を用いて反応温度を高めるか、各種プロトン酸を添加するとよい。

MPV還元及びOppenauer酸化は官能基許容性が高く、分子内にエステルやアミド、オレフィン、三級アミンなどの官能基が存在していても問題なく反応が進行する。α,β不飽和ケトンはアリルアルコールへ還元され、1,4-還元は起こらない。

また、反応条件も温和で操作も簡便であるため大量合成にも向いており、たとえばスピロノラクトンのプロセス合成にOppenauer酸化が採用されている。

スピロノラクトン合成経路の一部
スピロノラクトン合成経路の一部

MPV還元及びOppenauer酸化の欠点としては、基質としてα,β-アルデヒドを用いた場合、副反応としてアルドール反応が起きることがある。またα位に水素がないアルデヒド(芳香族アルデヒドなど)を基質として用いた場合のTishchenko反応が副反応となることも注意を要する。またMPV還元を高温で行なった場合、生成物のアルコールが脱水した形のオレフィンを与えることがある。

もうひとつ、アルミニウムアルコキシドを当量、あるいは過剰量用いなければならない点も欠点といえる。多くの場合、反応終了後に希塩酸などを加えてアルミニウムを処理することになるが、この際に基質が分解あるいは吸着され、収率が低下することがある。

アルミニウムアルコキシドを当量用いなければならない理由としては、アルミニウムと酸素の親和力が高すぎ、アルミニウム上での配位子交換が進みにくいことが挙げられる。そこで、他の金属アルコキシドを用いる工夫がなされた。たとえばランタノイドは配位子交換が速く、ガドリニウムアルコキシドを2%ほど使うだけで、収率よくMPV還元を行なった例がある1)

不斉MPV還元

不斉配位子を用いて、MPV還元をエナンチオ選択的に行う試みもある。たとえばビナフトールをトリメチルアルミニウムに配位させたものを触媒とし、芳香族ケトンを最高83%eeで不斉還元した例がある2)。ただし基質によって化学収率・不斉収率は一定せず、やや汎用性には欠ける。この他の不斉MPV還元の試みについては、総説がまとめられているので参考にされたい3)

MPV還元ではヒドリドが移動することでカルボニル化合物の還元が達成されるが、ヒドリド以外の官能基が転位する反応も開発されている。たとえば各種アルデヒドに対し、当量のチタンまたはジルコニウムのアルコキシド存在下、アセトンシアンヒドリンを作用させることで、シアノ基が移動した形の生成物が得られる4)

これと同様にして、アルキニル基が移動し、アルデヒドからプロパルギルアルコール誘導体が得られる反応も報告されている5)

このように、MPV還元及びOppenauer酸化は古典的な反応でありながら適用範囲が広く、優れた反応である。近年次々に登場している簡便な酸化剤・還元剤に比べても、トータルで見て決して劣らない。環境負荷や危険性も低いから、もう一度見直されるべき反応ではないだろうか。

参考文献
  1. T. Okano et al. : Chem. Lett., 16, 181 (1987).
  2. E. J. Campbell et al. : Angew. Chem. Int. Ed., 41, 1020 (2002).
  3. K. Nishide and M. Node : Chirality 14, 759 (2002).
  4. A. Mori et al. : Chem. Lett., 1171 (1990).
  5. T. Ooi et al. : Org. Biomol. Chem., 2, 3312 (2004).

注目の論文

①Photolytic N2 Splitting: A Road to Sustainable NH3 Production?

Christophe Rebreyend andProf. Dr. Bas de Bruin*
 Angew. Chem. Int. Ed., Early View DOI: 10.1002/anie.201409727
窒素ガスからアンモニアを作り出す「窒素固定」は、世界の食料生産を支える重要なプロセスである。しかしハーバー=ボッシュ法は高温高圧を必要とするため、エネルギー消費が非常に大きい。低エネルギーでの窒素固定は、現代化学に課せられた重要な課題である。著者Bruinらは、光エネルギーを用いる窒素の活性化についてまとめている。今後の新たな方向性として、注目される。

②Enabling Catalytic Ketone Hydrogenation by Frustrated Lewis Pairs

Tayseer Mahdi and Douglas W. Stephan *
 J. Am. Chem. Soc., Article ASAP DOI: 10.1021/ja508829x
かさ高いルイス酸とルイス塩基を共存させると、立体障害のため互いに結合ができず「欲求不満」の状態に陥る。ここに水素分子などを加えると、ルイス酸・ルイス塩基で同時に活性化される。この「フラストレイテッド・ルイス・ペア」は、急速に進展しつつある分野だ。本論文では、B(C6F5)3とエーテル溶媒を用いることで、金属触媒なしで水素によるケトンからアルコールへの還元を達成している。複雑な触媒や煩雑な操作なしに、合成的に有用な反応が早くも実現した。

③Catalytic Z-Selective Cross-Metathesis in Complex Molecule Synthesis: A Convergent Stereoselective Route to Disorazole C1

Alexander W. H. Speed, Tyler J. Mann , Robert V. O'Brien, Richard R. Schrock, and Amir H. Hoveyda *
 J. Am. Chem. Soc., Article ASAP DOI: 10.1021/ja509973r
オレフィンメタセシスにおいて、生成物のE-Z選択性は大きな課題であったが、近年Z選択的なメタセシス反応が数グループから発表され、この難点は解消しつつある。本論文で著者らは、自ら開発したZ選択的なクロスメタセシス反応を用い、分子の両端にZ-ヨードオレフィンとZ-アルケニルボロンを導入した。これをクロスカップリング反応によって二量化させ、大環状骨格を効率よく構築している。

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