【テクニカルレポート】地球環境にやさしいフルオロメチル化剤
本記事は、和光純薬時報 Vol.83 No.1(2015年1月号)において、和光純薬工業 試薬化成品研究所 三宅 寛が執筆したものです。
はじめに
アレルギー性鼻炎や気管支喘息の治療薬として知られるプロピオン酸フルチカゾン(図 1)に見られるように、フルオロメチル基は医薬品・農薬・機能性材料で重要な位置を占める。しかしながら、従来フルオロメチル化剤として使われたブロモフルオロメタン(BrCH2F)やクロロフルオロメタン(ClCH2F)1)は、オゾン層破壊物質(ODS, ozone depleting substances)に指定されており、その使用は著しく制限されている。
これらの代替となる、地球環境にやさしいODSではないフルオロメチル化剤の実用化が望まれる。この分野の最近の進歩について、メディシナルケミストリーでの実例を中心に紹介する。
新規フルオロメチル化剤FMTS
前述のハロフルオロメタン類は、常温でガス状である。脱離基をハライドからOTsに置き換えた fluoromethyl p-toluenesulfonate(FMTS, 図 2 左)は液体であり、ガス状でないので取扱いが容易である。言うまでもなく、ODSには該当しない。また、FMTSは空気や水に安定であり、3年以上の常温保存が可能である。
2008年に発表された Prakash-Olah 試薬2)(図 2 右)は、スルホニウムイオンが脱離基で一見 ODS フリーであるが、その調製には ClCH2F を要し ODS から脱却できていない。また、反応副生物がジアリールスルフィドで、その除去のためにはカラムクロマトグラフィーによる精製が必須である。
対照的に FMTS の副生成物は、トシル酸の K または Cs 塩であり、水層に溶けるため除去が容易である。特筆すべき FMTS の特長として、ミリ~キログラムの広い範囲の合成に使用が可能であるため、探索研究から商業生産にまで対応できる点が挙げられる。
FMTS の使用実例
CB2 受容体は免疫細胞に多く発現し、その作動薬は炎症性疼痛に対する鎮痛作用が期待できる。Sanofi の研究グループは、2- アミノ -1,3,5- トリアジンを中心骨格とする CB2 受容体作動薬を展開した3)。その一環として、2位のアミノ基より伸長するベンゼン環のパラ位における、トリフルオロメトキシ/ジフルオロメトキシ/モノフルオロメトキシの構造 - 活性相関を調査した。
モノ体の合成は、フェノールのフルオロメチル化で行われ、FMTS が用いられた。DMF 中、Cs2O3 を塩基とする条件にて、反応は 30 分で進行し高収率で目的物が得られた。2級アミンおよび 3 級アルコールの存在下、フェノールのみが官能基選択的にフルオロメチル化された(図 3)。
2014 年 9 月に、不眠症治療薬スボレキサント(商品名ベルソムラ)が承認された。その作用機序は、神経伝達物質オレキシンの受容体への結合が阻害され、脳の覚醒状態が維持できず眠くなるというメカニズムに基づく。スボレキサントを開発した Merck Sharp & Dohme では、広範囲の類縁化合物をオレキシン受容体拮抗剤として特許出願した4)。
その中の一つに、ヒドロキシニコチン酸アミドの誘導体にO- フルオロメチル化した化合物があるが、相当するフェノールに FMTS を作用させて合成している(図 4)。塩基には、K2CO3 が用いられた。この反応基質には、アミドのほかに 2H-1,2,3- トリアゾール・エーテル・ニトリルの各官能基が存在し、それぞれに耐容性が見られた。
FMTS によるフェノールの O- フルオロメチル化における、ニトリルの耐容性は次に挙げる Novartis の実例にも見られる(図 5)。定法にて得た目的物のニトリルは、アルカリ加水分解にてカルボン酸へ導かれた。この化合物は、アルツハイマー認知症の治療薬として期待がかかる BACE 阻害剤のビルディングブロックとして寄与した5)。
FMTS は、フェノールの O- フルオロメチル化に有効なだけでなく、N- 官能基へも適用できる。すなわち、フリーアミンのフルオロメチルアミンへの変換をも可能にする。Imperial College London の Carroll らは、1,3,4,6-テトラ -O- アセチル -D- グルコサミンに FMTS を作用させて、相当する 2-フルオロメチルアミノ誘導体を合成した6)。
注目すべきことに、3 級アミンであるジ(フルオロメチル)アミノ体を与えず、2 級アミンを選択的に得ている(図 6)。この事実は、Sanofi の CB2 受容体作動薬の例で見られた、2 級アミンの耐容性と良好に一致している。また、アルコールの保護にアセチル基が用いられたように、反応条件にエステルが耐容である。塩基には O- フルオロメチル化の時に汎用される炭酸塩(Cs2CO3)、溶媒には DMF ではなくアセトニトリルが、それぞれ用いられた。
確立された手法は、放射性同位体18F の化学へと展開された。ラベルしたグルコサミンの誘導体は、PET イメージングにてマウスの腫瘍および正常組織への取り込みを明らかにするツールとして寄与した。
おわりに
FMTS は、ODS からの脱却という当初の目的を達成したのみならず、ガスの使用を回避できる意味で実用性をも獲得したことになる。ガスが不向きなミリスケール合成が多いメディシナルケミストにとって FMTS は朗報であり、もはやフルオロメチル化を躊躇することはない。さらに、使用実例が示すように、広い官能基耐容性で温和なフルオロメチル化が行えるという「おまけ」までついた。
今後は、FMTS を用いるフルオロメチル化の新規な方法論の開発や、フルオロメチル基を有する医薬品・農薬・機能性材料の創製が期待される。
参考文献
- Zhang, W., Zhu, L. and Hu, J. : Tetrahedron, 63, 10569 (2007). DOI: 10.1016/j.tet.2007.08.043
- Prakash, G. K. S., Ledneczki, I., Chacko, S. and Olah, G. A. : Org. Lett., 10, 557 (2008). DOI: 10.1021/ol702500u
- Arnaud, J., Artiaga, M., Barth, F., Hortala, L., Martinez, S. and Roux, P. : WO 2013/087643 A1.
- Kuduk, S. D. and Skudlarek, J. W. : WO 2014/066196 A1.
- Badiger, S., Chebrolu, M., Frederiksen, M., Holzer, P., Hurth, K., Lueoend, R. M., Machauer, R., Moebitz, H., Neumann, U., Ramos, R., Rueeger, H., Tintelnot-Blomley, M., Veenstra, S. J. and Voegtile, M. : US 2011/0021520 A1.
- Carroll, L., Witney, T. H. and Aboaqye, E. O. : Med. Chem. Comm., 4, 653 (2013).