疎水性エーテル系溶媒
一般的に、エーテル系溶媒は有機化合物や反応剤との相性が良く、有機合成において頻繁に活用されますが、実験室で多用されるテトラヒドロフラン(THF)は水と任意に混じり合うため、使用後にリサイクルすることは困難であり、長期保存において過酸化物が生成するという欠点があります。また、ジエチルエーテルは水と混和しにくいですが、特殊引火物に指定されるほど引火点が低く、工業的に使用することはできません。当社では、これらのエーテル系溶媒に代わる溶媒として、シクロペンチルメチルエーテル(CPME)および4-メチルテトラヒドロピラン(MTHP)を取り扱っています。
特長
- 水との分離性が良好 (水への溶解度: CPME 1.1 wt%, MTHP 1.5 wt%)
- 他のエーテル系溶媒と比較して、沸点、引火点が高い。
- THFと比較して、過酸化物が生成しにくい。
- 水と共沸する→共沸脱水反応に使用できる(MTHPのみ確認)。
- 酸・塩基に対して安定。
図1. MTHPと水との相分離の様子
エーテル系溶媒の物性表
下記に、MTHP、CPME、およびその他エーテル系溶媒の物性表を示します1), 2)。
物性溶媒 | 沸点 (℃) |
融点 (℃) |
比重 (20℃) |
粘度 (cP) |
引火点 (℃) |
水への 溶解度 (wt%) |
溶媒への 水の溶解度 (wt%) |
水との 共沸点 (℃) (水分組成) |
SP値* ((cal/cm3)^0.5) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
MTHP | 105 | -92 | 0.86 | 0.78 | 6.5 | 1.5 | 1.4 | 85 (19 wt%) |
9.0 |
CPME | 106 | <-140 | 0.86 | 0.57 | -1 | 1.1 | 0.3 | 84 (16.3 wt%) |
― |
THF | 65 | -109 | 0.89 | 0.55 | -15 | ∞ | ∞ | 64 (6.0 wt%) |
9.5 |
2-MeTHF | 80 | -136 | 0.85 | 0.60 | -11 | 14 | 4.4 | 71 (11 wt%) |
8.9 |
diethylether | 35 | -116 | 0.70 | 0.24 | -45 | 6.5 | 1.2 | 34 (1.3 wt%) |
7.6 |
1,4-dioxane | 101 | 12 | 1.04 | 1.30 | 11 | ∞ | ∞ | 88 (18 wt%) |
10.0 |
*Calculated according to “Hansen solubility parameters a user's handbook 2nd edition, CRC Press, ISBN:0-8493-7248-8”
各種条件におけるMTHPの安定性
様々な条件下でMTHPの安定性を検討した結果を図2に示します1)。THFや2-MeTHF (図中では2MTHF)は酸化安定性が低いため、リサイクル使用を行った場合に爆発性の過酸化物が蓄積する恐れがありますがMTHPは酸化に対し安定であるため過酸化物が生成しにくくリサイクル性に優れています(図2(a))。加えてMTHPは酸性条件(図2(b))や塩基性条件(図2(c))に対しても安定であり、種々の反応や後処理工程に適用可能です。さらに、特筆すべき点としてn-ブチルリチウム(n-BuLi)の安定性が挙げられます(図2(d))。THF溶媒中でn-BuLiは不安定であることが一般に知られていますが、MTHP中では比較的安定であり、MTHPはn-BuLiを使用するような種々の有機金属反応にも適用可能です。
図2. 各種条件におけるMTHP、THF、2-MeTHFの安定性
(a) 酸化条件、(b) 酸存在下、(c) 塩基存在下、(d) n-ブチルリチウム存在下
反応例 (CPME)
<ラジカル反応>
CPME中での様々な金属ラジカル種を用いた反応例を図3に示します3)。けい素、すずおよび硫黄ラジカルが媒介するラジカル付加(式1)、環化(式2, 3)が円滑に進行し、良好な収率で対応する生成物を与えました。また、反応溶媒としての再利用性を評価するためラジカル反応後に溶媒を回収し純度を測定したところ、4回の回収・再利用で若干純度の低下が見られましたが、反応性に大きな変化は見られませんでした。
図3. 溶媒としてCPMEを用いたラジカル反応
<Grignard反応>
Grignard反応は重要な炭素-炭素結合形成反応の1つであり、学生実験から医薬品合成まで幅広く利用されています。市販のGrignard反応の多くはTHFまたはジエチルエーテル溶液として調製されており、それ以外の溶媒の選択肢はほとんどありませんでした。その背景を元に、CPMEについてGrignard反応溶媒としての適用性が検討されています3), 4)。
3-ブロモアニソールを基質として、ベンズアルデヒドとのGrignard反応を実施しました(図4)。室温では、よう素などのマグネシウム活性化剤を加えても反応は開始されませんが、60℃程度に昇温すると徐々にマグネシウムが溶けはじめ、褐色のGrignard試薬が生成しました。生成したGrignard試薬に対しベンズアルデヒドを反応させたところ、対応するアルコールを与えました。試薬の調製にはマグネシウムの活性化剤も重要であり、よう素や1,2-ジブロモメタンなどの通常用いる活性化剤よりも、還元剤として利用する水素化ジイソブチルアルミニウム(DIBALH)や水素化ビス(2-メトキシエトキシ)アルミニウムナトリウムが有用であることがわかりました。
図4. CPME中でのGrignard試薬の調製
最適条件下で、CPME中でのGrignard反応の基質適用範囲を検討しました(図5)。ほぼすべての臭化物について、Grignard反応がスムーズに進行しました。また、一部の塩化物についても、臭化物と同様の収率で目的のアルコールが得られました。
図5. CPME中でのGrignard試薬とベンズアルデヒドとの反応
本反応の応用例として、慢性疼痛治療薬であるトラマドール塩酸塩を検討しています(図6)。CPME中で3-ブロモアニソールからGrignard試薬を調製し、アミノケトンを反応させることによって、目的のアミノアルコールが得られ、さらにCPME中で酸処理、再結晶することによって目的のトラマドール塩酸塩が得られました。
図6. CPME中でのトラマドール塩酸塩の合成
CPMEは、今回紹介した反応以外にも、鈴木-宮浦カップリング反応、Buchwaldアミノ化反応、金属ヒドリドを用いた還元反応などにも使用できます。詳細は、日本ゼオンのHPをご参考ください2)。
反応例(MTHP)
<ラジカル反応>
MTHP中での様々な金属ラジカル種を用いた反応例を図7に示します3), 5)。けい素およびすずラジカルが媒介するラジカル付加(式4)、環化(式5, 6)が円滑に進行し、良好な収率で対応する生成物を与えました。また、反応溶媒としての再利用性を評価するためラジカル反応後に溶媒を回収し純度を測定したところ、2回の回収・再利用でわずかにMTHPの分解が見られるものの、反応性に大きな変化は見られませんでした。
図7. 溶媒としてMTHPを用いたラジカル反応
<Grignard反応>
MTHP中でGrignard試薬が調製でき、反応が進行することが確認されています1)。1-クロロヘキサンを原料とするGrignard試薬の調製において、THFでは沸点である66℃以上に反応温度を上げることができないためGrignard試薬は調製できませんでしたが、MTHPでは沸点が105℃と高いため反応温度90℃でGrignard試薬が調製できました(表1)。また、続くベンズアルデヒドとの反応でも目的物が収率良く得られました(表1)。
表1. MTHP中での1-クロロヘキサンからGrignard試薬の調製
solvent | Grignard reagent | product yield(%) | |
---|---|---|---|
initiate (℃) | yield (%) | ||
MTHP | 90 | 94 | 91 |
THF | 66 | N.R. | - |
CPME中でのGrignard試薬の調製に有効であったDIBALHは、MTHP中でのGrignard試薬の調製にも有効であり、特にCPME中で調製が困難であった基質について良好な収率で目的物が得られることが確認されています(図8)3), 5) 。
図8. 活性化剤としてDIBALHを用いたMTHP中でのGrignard反応
<共沸脱水反応>
MTHPは酸に対する高い安定性を有することから、エステル化(式7)やアセタール化(式8)のような酸共存下で実施する共沸脱水反応にも適用可能です(図9)1)。このような共沸脱水反応にはトルエンが一般的に用いられますが、強い毒性が問題であり代替溶媒が強く望まれています。MTHPは水との共沸温度が85℃、水との共沸組成がMTHP 81 wt% : 水19 wt%といずれもトルエンと同等であり有力な代替候補となります。
図9. 共沸脱水によるMTHP中でのエステル化およびアセタール化
<酸化反応>
ジクロロメタン等のハロゲン系溶媒は、有機化合物を溶かしやすく、かつ構造的に反応剤と干渉することが少ないため、様々な反応に適用されています。一方、これらの溶媒は有害であるとされており、その代替溶媒の開発は長年の懸念事項になっています。そこで、ハロゲン系溶媒がよく用いられる酸化反応にMTHPを適用し、代替の可能性を検討しています。
ニトロキシルラジカルであるTEMPOを触媒とするアルコールの酸化反応をMTHPおよびジクロロメタン中で検討したところ、MTHP中でも問題なく反応は進行し、良好な収率で目的のカルボン酸を与えました(図10)1)。
solvent | carboxylic acid (%) | aldehyde (%) |
---|---|---|
MTHP | 89 | 8.5 |
CH2Cl2 | 75 | 0.9 |
図10. MTHPおよびジクロロメタン中でのアルコールのTEMPO酸化
TEMPO酸化以外の酸化反応もMTHP中で検討しています(図11)3), 5) 。超原子価よう素であるDess-Martin試薬を用いた酸化(式9)、Swern酸化(式10) 、過酸化物m-CPBAを用いたオレフィンのエポキシド化(式11)がスムーズに進行します。
図11. MTHP中での各種酸化反応
<遷移金属錯体を触媒とするカップリング反応>
鈴木-宮浦カップリング反応に代表される遷移金属錯体を触媒とするカップリング反応は、医薬品や機能性材料などの合成に欠くことのできない重要な反応になっています。これらの反応についても、MTHP中で反応が進行するか検討されています。水/エーテル系溶媒中で4-メチルフェニルボロン酸とブロモベンゼンとの鈴木-宮浦カップリング反応を検討したところ、THFや2-MeTHFでは反応温度を上げられないために反応が長期化し収率が低下しましたが、MTHPでは高温での反応が可能なため、短時間で良好な収率で目的物が得られました(表2)1)。さらに、MTHP中でリチオ化、続くほう素化によるボロン酸合成が可能であることがわかっており、MTHPを用いた分液抽出や溶媒交換不要のリチオ化、ほう素化、鈴木-宮浦カップリングのワンポット反応を達成しています1)。
表2. 水/エーテル系溶媒中での鈴木-宮浦カップリング反応
solvent | temp. (℃) | time (h) | yield (%) |
---|---|---|---|
MTHP | 82 (reflux) | 2 | 93 |
THF | 62 (reflux) | 8 | 70 |
2-MeTHF | 70 (reflux) | 4 | 82 |
反応によっては、汎用溶媒であるトルエンよりMTHPのほうが収率が向上する場合があります。パラジウムカルベン錯体を触媒とするフェニルボロン酸を用いた2-フェニルアセチジン1の開環反応において、トルエン中では2位にフェニルがカップリングした生成物2がほとんど得られず、β-水素脱離した生成物3が得られるのに対して、MTHP中では主生成物として2が得られました6)。
表3. 水/有機溶媒中で2-フェニルアゼチジンの開環反応
solvent | temp. (℃) |
time (h) |
yield (%)a) | recovery of 1 (%)a) |
|||
---|---|---|---|---|---|---|---|
2 | 3 | 4 | 5 | ||||
MTHP | 100 | 3 | 65 | 22 | 2 | 3 | 0 |
THF | 60 | 12 | 27 | 31 | 4 | 3 | 34 |
toluene | 100 | 3 | 10 | 35 | 3 | 4 | 47 |
a) Determined by 1H-NMR.
オレフィンメタセシス反応は、一般的にトルエンなどの芳香族炭化水素を溶媒として用いる場合が多いですが、MTHP中でも反応が進行することが確認されています。対応するルテニウム錯体を用いることによって、ジエンの分子内メタセシス反応が良好な収率で進行しました(図12)3), 5), 7) 。
図12. MTHP中での分子内メタセシス反応
参考文献
- 齊藤 勇祐: 和光純薬時報, 91(4), 6 (2023).
- 日本ゼオンHP: https://www.zeon.co.jp/business/enterprise/special/solvent-cpme/
- 小林 正治: 有機合成化学協会誌, 79(6), 547 (2021).
- Kobayashi, S. et al.: Asian J. Org. Chem., 5, 636 (2016).
- Kobayashi, S. et al.: Chem. Asian J., 14, 3921 (2019).
- Takeda, Y. et al.: Adv. Synth. Catal., 363, 2796 (2021).
- Nienałtowski, T. et al.: ACS Sustainable Chem. Eng., 8, 18215 (2020).
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