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【総説】酸化グラフェンの製法と構造

本記事は、和光純薬時報 Vol.91 No.3(2023年7月号)において、岡山大学異分野融合先端研究コア 研究教授 仁科 勇太様に執筆いただいたものです。

1. はじめに

酸化グラフェン(Graphene Oxide、GO)は、安価で入手可能な黒鉛を化学的に酸化することで合成することができる。GOは、炭素1原子の単層にまで層を薄くでき、他の材料(高分子や金属ナノ粒子など)との複合化が容易である。また、溶液状態で扱いやすく、化学的修飾に有望な材料であり、多岐にわたるアプリケーションが期待されている。このため、次世代ナノカーボンの一つとして注目されている。

GOの調製には、化学的酸化法と電気化学的酸化法の2つの方法がある。化学的酸化法には、Brodie法、Staudenmaier法、Hummers法が知られており、それぞれ異なる酸化剤が使用される。また、同じ酸化剤を使用していても、研究者によって酸化剤の割合や反応時間、撹拌、冷却方法が異なり、どの方法が優れているかを一概に述べることは難しい。さらに、GOの性質は、使用する黒鉛の種類、形状、サイズ、酸化法によって大きく変化する。GOの構造や物性を変える要因を明らかにすることは、品質保証や再現性確保の観点から重要であるが、未だ完全な理解には至っていない。本記事では、過マンガン酸カリウムを酸化剤として使用するHummers法に焦点を当て、様々な酸素含有量のGOの合成法や分析方法について紹介する。

2. 酸化グラフェンの合成法と分析法

Table 1に、Hummers法1)およびその改良法の手順を示す。Hummers法は1958年に開発されたものであるため、当時は"グラフェン"という概念が存在していなかった。2004年に単層のグラフェンが単離される前後で、単層のGOを得るための工夫、およびプロセスを簡略化するための改良が重ねられた。

Table 1. Hummers法およびその改良法によるGOの合成手順

GOの構造については、長きにわたって議論されている。複数の研究者が様々な構造を提唱しており、これらのうち、近年最もよく受け入れられているのが、Lerf-Klinowskiモデルである(Figure 1)2)

Figure 1. 提唱されているGOの構造

このモデルによれば、エッジ部にはカルボニル基やカルボキシ基が存在し、ベーサル面にはエポキシ基およびヒドロキシ基が存在する。また、非酸化のグラフェン部分も存在すると考えられている。

GOは、炭素材料(無機材料)であるグラフェンやカーボンナノチューブなどの物性に加え、高分子材料に似た物性を有していることがある。そのため、特徴を把握するには、赤外分光法(IR)、X線光電子分光法(XPS)、CHN有機元素分析、走査型電子顕微鏡(SEM)、エネルギー分散型X線分析(EDX)、原子間力顕微鏡(AFM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、固体核磁気共鳴(固体NMR)、ラマン分光法、X線回折(XRD)などを用いることが可能である。Table 2にはそれらの分析の特徴をまとめている。

Table 2. GOの分析方法

また、Figure 2に、我々が実際に合成したGOの分析データを示す。

Figure 2. GOの分析例

3. 酸化度の制御

酸素官能基の量や種類を変えると、GOの物性が変わることが知られている。そのため、官能基の制御はGOの応用において重要である。たとえば、GOと金属の複合体を作製する場合は、酸素官能基を金属との結合の足がかりとするため、酸素含有量が多い方が良いとされる。一方、GOの酸素官能基を還元により除去し、グラフェンを得ることを目的とする場合は、還元しやすいヒドロキシ基とエポキシ基のみからなるGOを合成することが望ましい。GOに特定の酸素官能基のみを導入する技術は未だ確立できていないが、目的とする酸素官能基の量と割合を変える程度であれば、現在の技術でも対応できるようになってきた。

筆者らは、「黒鉛の酸化段階」および「GOの還元段階」の2通りの方法でGOの酸化度制御を行い、物性を制御することに成功した3)。まず前者について、酸化剤である過マンガン酸カリウムの量を10段階で変化させることにより、酸素含有量を約5%刻みで制御することができる。加える過マンガン酸カリウムと、GOの酸素含有量(CHN元素分析より算出)の関係を図に示す(Figure 3a)。また、XPS分析により、過マンガン酸カリウムの量を増加させるにつれて、酸素官能基の割合が増加することが確認された(Figure 3b)。XRD分析では、酸素含有量が50 wt%以下では、黒鉛のピークが残存しており、GOと黒鉛の混合状態であることがわかった。また2θ=10°付近のGO由来のピークは酸素含有量が増加するに従って低角度側にシフトし、層間距離が拡張していくことが確認された(Figure 3c)。

Figure 3. 酸化度が異なるGOの各種分析

また、GOを2回酸化することによって酸素官能基の変換を起こすことができる。これにより、C=O基の量が増大することが確認された。酸素含有量が少ないGOは黒色であり、FTIR分析が困難であり、きれいなスペクトルを得ることができない(Figure 4)。

Figure 4. 酸化度が異なるGOのFTIRスペクトル

一方、十分酸化されてsp2結合が少なくなり、黒さを失ったGOはFTIRで分析しやすい。GOを2回酸化すると、酸素官能基の変換が起こり、C=O基の量が増大するといった官能基変換においては、FTIRが威力を発揮する。XPSおよびNMRでも同じ結果が示唆された(Figure 5)。

Figure 5.2回酸化したGOの(a)固体NMR、(b)FTIR、(c)XPS解析
実線は2回酸化後、点線は1回酸化後のGO

次に、「高度に酸化されたGO」を還元することによる酸素含有量の制御について説明する。還元剤として作用するヒドラジンの量を変えることで、酸素含有量制御を行った結果を示す(Figure 6a)。この方法においても、酸素含有量を約5 wt%刻みで制御することができる。この条件では、ヒドラジンの量をいくら増やしても、酸素含有量は10 wt%以下に還元されなかった(それ以下の酸素含有量にしたい場合は、高温処理を行う必要がある)。得られた各GOについてXPSを測定すると、主にC-O結合が減少していることがわかった(Figure 6b)。XRDでは、2θ=10°付近に現われるGOのピークは、還元が進行するにつれて高角度側にシフトすることが確認された(Figure 6c)。

Figure 6. 還元により酸化度を制御したGO

これはGOの酸素官能基が除去されるにつれて層間距離が縮小したことを表している。酸素含有量が30 wt%程度になると、GOのピークは消失し、2θ=20°付近にブロードなピークが観測されるようになるだけで、非晶質の炭素材料が得られていることが示された。これ以上還元を進行させてもピークは変化することはなく、また黒鉛に由来するピークが出現することもない。

以上の結果から、酸化段階において酸化度制御を行ったものと還元段階で酸化度制御を行ったものでは、酸素含有量が同じ場合でも、結晶構造が異なる全く別の物質であることが明らかになった。それぞれのGOにおいて、電気伝導性、比表面積、キャパシタンス、酸化力などの諸物性を評価している3)。たとえば、導電性はナノカーボンに求められる特性の一つである。酸化段階で制御したGOは、酸化度が低いときに高い電気伝導性を示した。これは、XRDが示すように、グラファイト性が残存していることに起因していると考えられる。XRDでGOのピークが出現する酸素含有量が30 wt%あたりから、急激に導電性が低下する。

また、酸素含有量が同じであっても、還元段階で制御したGOの導電性は、酸化段階で制御したGOよりも低い。これは、一度酸化によりグラフェンがダメージを受けると、還元しても欠陥が十分に修復されないことを示している。グラフェンに期待される用途の一つであるキャパシタ特性を評価すると、酸素含有量が23 wt%の還元法GOが最も高い容量を有していることがわかった。このGOは、適度な比表面積と導電性を併せ持つ材料であることから、優れたキャパシタ特性を有していると考えている。

以上のように、GOの酸化度を変えるだけでなく、その合成法を変えることで、物性を様々に変えることが可能であることが明らかになった。また、放射光施設を活用したin situ分析を行うことにより、GOの形成メカニズムの解明および合成プロセスの最適化が可能になった4)

4. おわりに

GOは原子レベルでの構造解析を行うことが難しく、現段階では平均構造や部分構造を知ることしかできない。Table 2にリストアップしたような複数の分析を駆使して"もっともらしい構造"を提唱することに加え、電気伝導率、比表面積、キャパシタンスなどを測定することで、手にしたGOをある程度規定することはできるようになった。これまでの経験では、GOのFTIR、CHN元素分析、XRD、分散液のpHのデータが一致すれば、ほぼ同程度の物性を示すことも分かっている。

一方で、近年応用が検討されている生化学用途においては、サイズ分布や微量の不純物が性能に影響を与えることも分かってきており5)、継続してGOの構造と物性の評価を行っていくことが重要である。また、本稿では紹介できなかったが、電気化学的酸化によるGOの合成は、グリーンケミストリーの観点から近年重要度を増してきている6, 7)。化学酸化と電気化学酸化をうまく使いこなし、ターゲットとする用途に適したGOを創出していくことが望ましいと考える。

参考文献

  1. Hummers, W. S. et al. : J. Am. Chem. Soc., 80, 1339 (1958).
  2. Lerf, A. et al. : J. Phys. Chem. B., 102, 4477 (1998).
  3. Morimoto, N. et al. : Sci. Rep., 6, 21715 (2016).
  4. Morimoto, N. et al. : Chem. Mater., 29, 2150 (2017).
  5. Reina, G. et al. : Nanoscale, 10, 5965 (2018).
  6. Campéon, B. D. L. et al. : Carbon, 158, 356 (2020).
  7. Komoda, M. et al. : Chem. Lett., 50, 503 (2021).

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