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【テクニカルレポート】高等動物からの2本鎖RNA精製技術が可能とする高効率なRNAウイルスの網羅検出

本記事は、和光純薬時報 Vol.91 No.2(2023年4月号)において、筑波大学 生命環境系1)、北海道大学 医学研究院 微生物学免疫学分野2) 浦山 俊一様1)、福原 崇介様2)に執筆いただいたものです。

はじめに

人類がウイルスの存在を認知したのは1900年ごろであり、そのきっかけは動物や植物に起きた原因不明の伝染病であった。その原因となる病原体を探す過程で、当時知られていた最小の病原体(微生物)よりも小さく、異質な性状を有していたことから"ウイルス"と命名された。以降、様々なウイルスがあらゆる生物から見出され、現在、細胞性生物に普遍的に存在する絶対寄生性の因子であると考えられている。

RNAウイルスは、ゲノムとしてRNAを利用しているウイルスの総称であり、狭義には、その生活環においてDNAも利用するレトロウイルス(例:HIVのゲノムはRNAであるが、それを逆転写して宿主のゲノムDNAに入り込む)を除いたウイルス群を指す。人間や、家畜や植物などの経済生物に大きな害をもたらす有名なウイルスを多数含んでおり、SARS-CoV-2やインフルエンザウイルス、ジカウイルスやC型肝炎ウイルスなどはその代表例と言える。

目に見えず培養も困難なRNAウイルスにおいては、何よりもまずその存在を『認知』することが重要である。医療の現場は勿論、それらRNAウイルスがどこからきてどこへ行くのかといったワンヘルス的なアプローチや、それをさらに押し広げ、RNAウイルスを包含した地球生態系システムの解明といった側面からも、RNAウイルスを認知することは欠かせない。そのため、各種目的に応じた様々なRNAウイルス検出手法が開発されており、本稿では"2本鎖RNA"を基軸とした手法を、高等動物組織に適用した事例を紹介する。

2本鎖RNAを利用したRNAウイルス検出の原理

RNAウイルスを保持していない細胞には、長い2本鎖RNAはほとんど存在しない。しかし、RNAウイルスが存在する場合、RNAウイルスのゲノム複製過程などで2本鎖RNAが生じることから、生物試料から2本鎖RNAが検出されれば、それはRNAウイルスの存在を示唆する1)。ここで鍵となるのが2本鎖RNAの精製技術である。主に使用されているのはセルロース樹脂に2本鎖RNAが結合する性質を利用したカラムクロマトグラフィーであり1-3)、その他に2本鎖RNA結合タンパク質や抗2本鎖RNA抗体を用いる手法、DNAや1本鎖RNAの酵素分解により2本鎖RNAを残す手法がある。得られた2本鎖RNAを解読することで、RNAウイルスゲノムを選択的に決定することもできる4-8)

動物組織からの2本鎖RNA精製と解読

高等動物試料からの2本鎖RNA精製に関する報告はほとんどないため、先ず広く用いられているセルロース樹脂を用いた精製を行った。市販の挽肉を使用した試験の結果、リード割合の90%近くをrRNAが占めており、分子内相補結合により部分的な2本鎖RNA構造をとるrRNAが多く残存してしまうことが明らかとなった(図1左)。同様の手法を真菌や植物、昆虫に適用した場合、rRNAリード割合は数%に留まることが知られており、高等動物試料特有の課題があることが分かった。そこで、同様の手法で精製した2本鎖RNA溶液をさらに市販のrRNA除去キットに供したところ、rRNAリード割合を20%程度まで低下させることができた(図1右)。

図1.挽肉試料の場合、一般的な2本鎖RNA精製では多くのrRNAが残存する
手製スピンカラムを使用したセルロース樹脂による2本鎖RNA精製を挽肉試料に適用した。rRNA除去の効果を明らかにするため、得られた2本鎖RNA画分を分割し、rRNA除去を行ったものと行っていないものを用意し、それぞれをFLDS法9)によりシーケンシングした。クリーンアップしたデータに占めるrRNAの割合はSortMeRNAソフトウェアにより算出した。

しかし、rRNA除去キットの使用は、1サンプルあたり1万円程度のコスト増となり、処理も煩雑かつ時間のかかるものになってしまう。そこで、ISOVIRUS Ⅱ(セルロース樹脂を用いた2本鎖RNA精製用のキット、ISOVIRUSの動物試料版)について、ヒト肝臓試料での試験を実施した。その結果、ISOVIRUS Ⅱを使用した場合、rRNA除去工程を経なくてもrRNAリード割合は20%程度に抑えられていた(図2A左)。ISOVIRUS ⅡとrRNA除去を組み合わせた場合はさらにrRNAリード割合は低下し、10%を下回った(図2A右)。当該試料はHCV陽性患者に由来するものであるため、HCVリードも検出された(図2B)。

図2.ISOVIRUS ⅡではrRNAの残存が少ない
ISOVIRUS Ⅱを使用したセルロース樹脂による2本鎖RNA精製をヒト肝臓試料に適用した。rRNA除去の効果を明らかにするため、得られた2本鎖RNA画分を分割し、rRNA除去を行ったものと行っていないものを用意し、それぞれをModified dsRNA-seq法4)によりシーケンシングした。クリーンアップしたデータに占めるrRNAの割合はSortMeRNAソフトウェアにより算出し、HCVの割合はマッピングにより算出した。

おわりに

2本鎖RNAは、RNAウイルス感染の分子マーカーとして、RNAウイルス探索の効率化に50年近く寄与し続けている。実際、著者らが以前に報告したModified dsRNA-seq手法では、ヒト臓器に極めて低コピーで潜むHCVを捉えることに成功している4)。一般的なRNAウイルス探索手法を適用した場合と比較して数百倍の検出感度となっており、膨大なシーケンシングコストをかけずにRNAウイルスを網羅的に検出することができる。

つい最近まで2本鎖RNA精製はキット化されておらず、研究室ごとの伝承技術として受け継がれる特殊な技術であった。しかし、ISOVIRUSシリーズの発売により誰もがアクセス可能な技術となった。特にISOVIRUS Ⅱは本稿で紹介した通り、高コストかつ煩雑なrRNA除去工程を不要にする可能性を秘めており、高等動物試料からのRNAウイルス探索の大幅な低コスト化に寄与するものと考えられる。

RNAワクチン製造においては、副産物として生じてしまう2本鎖RNAを除去することが、不要な自然免疫活性化の回避に必要とされている10)。極めて微量しか存在しないと考えられるHCV由来2本鎖RNAをしっかり回収可能で、かつ数百ngオーダーと目される高い結合容量を有しているISOVIRUSシリーズは、上記RNAワクチン製造にも利用できる可能性がある。

参考文献

  1. Morris, T. J. and Dodds, J. A. : Phytopathology, 69, 854 (1979).
  2. Marquez, L. M. et al. : Science, 315, 513 (2007).
  3. Okada, R. et al. : J. Gen. Plant Pathol., 81, 103 (2015).
  4. Izumi, T. et al. : Viruses, 13, 1310 (2021).
  5. Hirai, M. et al. : Microbes Environ., 36, ME20152 (2021).
  6. Roossinck, M. J. et al. : Mol. Ecol., 19 Suppl 1, 81 (2010).
  7. Decker, C. J. et al. : Viruses, 11, 943 (2019).
  8. Yanagisawa, H. et al. : Viruses, 8, 70 (2016).
  9. Urayama, S. et al. : Mol. Ecol. Resour., 18, 1444 (2018).
  10. Rosa, S. S. et al. : Vaccine, 39, 2190 (2021).

2本鎖RNA
相補的な配列を有する2つのRNA分子が塩基対結合を形成し、二重らせん構造をとったRNA分子。

リード(割合)
次世代シーケンス技術により得られる膨大な数の塩基配列1つを指す。膨大なリードの内、何%を特定の配列が占めているかを示す際に"リード割合"とした。

HCV
C型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus)の略称。慢性的に感染している相当数の患者が、肝硬変または肝がんを発症するとされている。

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