siyaku blog

- 研究の最前線、テクニカルレポート、実験のコツなどを幅広く紹介します。 -

【テクニカルレポート】ヒトiPS 細胞由来腸管上皮細胞F-hiSIEC™(エフ・ハイシーク)のご紹介

本記事は、和光純薬時報 Vol.90 No.3(2022年7月号)において、富士フイルム株式会社 ヘルスケア事業推進室 伊藤 匡彦様に執筆いただいたものです。

経口薬剤の薬物動態予測の重要性

経口薬剤は全薬剤の64%を占める最も一般的な薬剤形態で、服用された後、小腸・肝臓での代謝・吸収等を経て全身に循環するため、経口薬剤開発において小腸・肝臓での吸収率を予測することは重要な課題となります。ヒトでの薬物動態予測に実験動物が用いられていますが、薬物代謝酵素や薬物トランスポーターの発現パターンや発現レベル、基質特異性にはヒトとの間に大きな種差が存在することから、ヒトへの外挿は困難な場合も多く、より正確な予測を行うためにはヒト由来の試料を用いる必要があります。小腸評価用にはヒト小腸ミクロソームやヒト結腸がん由来のCaco-2細胞などが用いられますが、ミクロソームではもっとも重要な吸収評価ができず、Caco-2細胞は正常細胞と機能が大きく異なります。また、ヒト初代小腸細胞は入手自体がきわめて困難です。以上のことから、ヒトにおける小腸での薬物動態を正確に予測するために、ヒト正常組織細胞と同等の機能を有し、かつ安定して供給することができる細胞が求められております。富士フイルムは、この小腸での薬剤吸収率を評価可能にする、優れたiPS細胞由来腸管上皮細胞F-hiSIEC™(エフ・ハイシーク)を名古屋市立大学 松永民秀教授との共同研究で開発し、2019年9月に発売しました。

F-hiSIEC™の主な特長

F-hiSIEC™はiPS細胞から内胚葉→腸管幹細胞→腸管上皮細胞へと分化し、腸管上皮細胞の成熟過程の途中で凍結バイアル保存した製品で、お客様のお手元で約10日間培養頂いて試験に使用可能となります。主な特長は以下4点です。
①CYP3A4酵素活性
腸管上皮細胞が薬物を吸収する際に、薬物代謝酵素の中で最も重要な機能を果たすCYP3A4の酵素活性がヒト生体由来腸管上皮細胞と同等です。
②トランスポーター遺伝子発現
薬物の腸管上皮細胞内への取り込みと細胞外への排出をつかさどるトランスポーター遺伝子の発現量がヒト生体由来腸管上皮細胞とほぼ同等です。
③高い汎用性
マルチウェルプレートやセルカルチャーインサートなど、さまざまな細胞培養容器で使用可能です。また、セルカルチャーインサートに播種・培養することで、細胞のバリア機能が確保できます。
④ロット間差の小さい安定した性能
iPS細胞由来ならではのロット間差の小さい安定した性能で、継続的な比較用試験データの取得に対応可能です。F-hiSIEC™は、上述のヒト小腸上皮細胞との相関性の高さが評価され、製薬企業の薬物動態研究用途のみならず、動物実験廃止で優れたIn vitro 評価系構築が喫緊の課題となっている食品会社でもご使用頂いております。

F-hiSIEC™の新規用途

F-hiSIEC™は薬物動態研究用途での使用を想定して商品化いたしましたが、ヒト小腸上皮細胞との相関性の高さから、小腸に関わる様々な研究用途でご使用頂いております。代表的な事例を2つ紹介いたします。
①ノロウイルス培養
ヒトノロウイルスは、手指や食品などを介してヒトに感染し、腸管で増殖することで、嘔吐や下痢、腹痛などを引き起こします。現状はノロウイルス感染症に対する有効な治療薬・ワクチンが無く、商品化が期待されています。
同分野での研究を進めていくためには、体外でヒトノロウイルスを増殖させる方法が必要ですが、F-hiSIEC™にヒトノロウイルスを感染させ、5日間培養した結果、同ウイルスのRNA数が初日と比較して増加することが確認されました。今後、ヒトノロウイル スの培養ツールとして、治療薬・ワクチン開発や消毒剤の消毒効果検証など への応用が期待されています。

②腸管におけるバリア機能の調節機構
ヒト生体小腸では炎症反応によって腸管のバリア機能が低下し、腸内細菌代謝物(短鎖脂肪酸)で同機能が向上します。
同様に、F-hiSIEC™のバリア機能が炎症性サイトカインや短鎖脂肪酸の影響を受けるかを検証したところ、TNFαやIFNγなどの炎症性サイトカインを添加することでバリア機能が低下し、短鎖脂肪酸をサイトカインと同時に添加することでバリア機能の低下が抑制され、生体のバリア機能の変化を再現することができました。F-hiSIEC™は炎症性腸疾患の病態解析や治療薬の評価への応用が期待されています。

将来の展望

富士フイルムでは、F-hiSIEC™の更なる性能改良に取り組んでいくと共に、新規用途での活用方法のご提案を 積極的に行い、より多くのお客様にご使用頂けることを目指しております。

参考文献

  1. Kabeya, T. et al . : Drug Metab. Pharmacokinet .,35(4), 374(2020).
  2. Shinha, K. et al . : Micromachines (Basel), 12(9), 1007(2021).
  3. Agustina, R. et al . : Drug Metab. Dispos ., 49(11), 972(2021).
  4. Kitaguchi, T. et al . : Drug Metab. Dispos ., 50(1), 17(2022).

キーワード検索

月別アーカイブ

当サイトの文章・画像等の無断転載・複製等を禁止します。