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【連載】ヒトiPS 細胞由来分化細胞の創薬応用「第2回  ヒト iPS細胞やオルガノイドを用いたSARS-CoV-2研究」

本記事は、和光純薬時報 Vol.89 No.4(2021年10月号)において、京都大学 iPS 細胞研究所 出口 清香様、高山 和雄様に執筆いただいたものです。

ヒトiPS細胞由来分化細胞の創薬応用 タイトル

はじめに

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は、2019年12月に中国で最初に症例報告されたのち、2020年1月には日本や米国、韓国、豪州、英国で、2月にはブラジルでも感染者の存在が確認され、2020年3月には世界保健機関(WHO)によりパンデミックが宣言された。2021年9月1日現在、SARS-CoV-2感染者数は2.18億人、死亡者数は452万人であり、いまだに収束の兆しは見えない。

SARS-CoV-2はヒトを含む霊長類への感染能は高いが、野生型マウスには感染しづらいため、感染実験に使用可能な動物種に制限がある。また、実験動物を大量に使用することは倫理的に難しい。そのため、ヒト人工多能性幹(iPS)細胞やオルガノイドなどのin vitro 評価系を用いたSARS-CoV-2研究が活発に行われている。

本総説では、ヒト生体に近い機能を有するヒトiPS細胞由来分化細胞およびオルガノイドを用いたSARS-CoV-2研究の最新の研究成果に関して概説したい。

各種臓器モデルを用いたSARS-CoV-2感染実験

COVID-19の主たる症状は呼吸器障害であるが、多臓器不全に陥る例も数多く報告されている。そのため、呼吸器だけでなくあらゆる臓器におけるSARS-CoV-2感染による影響が検証されている。これまでに、多様な臓器のヒトiPS細胞由来分化細胞およびオルガノイドを用いたSARS-CoV-2感染実験が実施されているため(表1)、それらの一部を紹介する。

表1.ヒトiPS 細胞やオルガノイドを用いたSARS-CoV-2 感染実験およびCOVID-19 治療薬探索
細胞種 由来細胞 SARS-CoV-2
感染の可否
感染阻害が確認された薬物、化合物 参考資料
呼吸器 肺胞オルガノイドa 生体肺組織 IFN-α、IFN-γ 12)
肺胞オルガノイドa, b ヒトiPS 細胞 レムデシビル、カモスタット 2)
気道オルガノイド ヒトES 細胞 レムデシビル、カモスタット、SARS-CoV-2 中和抗体CB6 13)
肺胞オルガノイド ヒトES 細胞 レムデシビル、SARS-CoV-2中和抗体CB6 13)
気道上皮細胞 ヒトiPS 細胞 レムデシビル 14)
小気管支オルガノイドb 生体肺組織 15)
肺芽オルガノイドb 胎児肺組織 IFN −λ1 15)
肺オルガノイド 生体肺組織 カモスタット 8)
肺胞オルガノイド 生体肺組織 カモスタット 16)
気道オルガノイド 生体肺組織 16)
肺オルガノイド ヒトES 細胞 イマチニブ、ミコフェノール酸、キナクリン二塩酸塩、クロロキン 17)
気管支オルガノイドb 凍結ヒト気管支上皮細胞 カモスタット 1)
心臓 心筋細胞 ヒトiPS 細胞 レムデシビル、N - アセチル-L-ロイシル-L- ロイシル-L-メチオナール、可溶性ACE2、ACE2 中和抗体 7)
心筋細胞 ヒトiPS 細胞 ACE2 中和抗体、アロキシスタチン、レムデシビル、IFN-β、アピリモド、バフィロマイシン、Z-FY(tBu)-DMK 5)
心筋細胞 ヒトES 細胞 18)
腸管 腸管オルガノイドヒト ES 細胞 レムデシビル、FURIN 阻害ペプチドEK1 4)
大腸オルガノイドヒト ES 細胞 イマチニブ、ミコフェノール酸、キナクリン二塩酸塩 17)
腎臓 腎臓オルガノイド ヒトES 細胞 可溶性ACE2 19)
腎臓オルガノイド ヒトES 細胞 可溶性ACE2 6)
血管 血管オルガノイド ヒトiPS 細胞 可溶性ACE2 6)
内皮細胞 ヒトES 細胞 18)
ドーパミン作動性ニューロン ヒトES 細胞 18)
大脳皮質ニューロン ヒトES 細胞 18)
脳オルガノイド ヒトiPS 細胞 ACE2 中和抗体、COVID-19患者の脳脊髄液 20)
脈絡叢オルガノイドb ヒトES 細胞 3)
脳細胞 ヒトiPS 細胞 21)
大脳皮質オルガノイド ヒトiPS 細胞 21)
海馬オルガノイド ヒトiPS 細胞 21)
視床下部オルガノイド ヒトiPS 細胞 21)
中脳オルガノイド ヒトiPS 細胞 21)
脈絡叢オルガノイド ヒトiPS 細胞 21)
ミクログリア ヒトES 細胞 18)
膵臓 膵臓内分泌細胞 ヒトES 細胞 18)
肝臓 肝臓オルガノイド ヒトiPS 細胞 18)
血液 マクロファージ ヒトES 細胞 18)

a 主要な構成細胞はⅡ型肺胞上皮細胞
b オルガノイドの気液界面培養も実施

呼吸器の各部位のうち気管支や肺胞のモデルを用いたSARS-CoV-2感染実験が最も活発に研究されている。著者らは、凍結ヒト気管支上皮細胞から気管支オルガノイドを作製し、SARS-CoV-2の気管支への感染を再現した1)。我々のオルガノイドには、気管支を構成する基底細胞や線毛細胞、ゴブレット細胞、クラブ細胞が含まれており、基底細胞の一部にSARS-CoV-2が感染する様子を確認した。

また、Huangらは、ヒトiPS細胞からⅡ型肺胞上皮細胞を分化誘導し、SARS-CoV-2の肺胞への感染を再現した2)。SARS-CoV-2に感染したⅡ型肺胞上皮細胞では界面活性剤として働く肺サーファクタント蛋白質Cなどが発現低下すること、NF-κBシグナルが活性化することを明らかとした。

COVID-19患者において、心筋障害や神経障害、下痢等も頻繁に見られることから、心筋や脳、腸管モデルを用いたSARS-CoV-2感染実験も実施されている。Perez-Bermejoらは、ヒトiPS細胞から分化誘導した心筋細胞へはSARS-CoV-2が感染する一方で、心臓線維芽細胞および内皮細胞には感染しないことを確認した。SARS-CoV-2に感染した心筋細胞の約20%で筋原線維の断片化が生じていた。

Pellegriniらは、ヒト胚性幹(ES)細胞から大脳オルガノイドを作製し、SARS-CoV-2感染実験を行った3)。SARS-CoV-2は、大脳オルガノイド構成細胞のうち、脈絡叢上皮細胞に感染する一方で、ニューロンやグリア細胞にはほとんど感染しなかった。また、脈絡叢オルガノイドにおけるSARS-CoV-2感染実験を行ったところ、脳脊髄液に含まれるアポリポ蛋白質J(APOJ)がオルガノイド内部から培地中に漏出しており、血液-脳脊髄液関門の破綻を再現した現象が確認された。

Krügerらは、ヒトES細胞から腸管オルガノイドを作製し、SARS-CoV-2感染実験を行った4)。腸管オルガノイド構成細胞のうち、腸管上皮細胞および腸管内分泌細胞、パネート細胞には感染するが、ゴブレット細胞には感染しづらいことが確認された。

以上のように、ヒトiPS細胞由来分化細胞およびオルガノイドを用いてSARS-CoV-2感染実験を行うことで、感染標的となる臓器やその構成細胞だけでなく、感染することにより生じる臓器障害が明らかにされてきた。今後、複数の臓器からなるオルガノイド等を活用することにより、COVID-19による多臓器不全の機序をより詳細に理解できるようになると期待される。

ヒトiPS細胞やオルガノイドを用いたCOVID-19治療薬探索

ヒトiPS細胞由来分化細胞やオルガノイドは、SARS-CoV-2研究で汎用されているVero細胞やCalu-3細胞、HuH-7細胞、HEK293細胞等の細胞株と比べて、よりヒト臓器・細胞機能を忠実に反映していることから、治療薬候補の抗ウイルス効果だけでなく、臓器・細胞機能への影響も評価可能であると考えられる。そのため、ヒトiPS細胞由来分化細胞やオルガノイドを用いたCOVID-19治療薬開発を行うことによって、臨床予測性の高いCOVID-19創薬研究が実現すると期待されている。

SARS-CoV-2の細胞内でのゲノム複製を阻害する目的で、レムデシビルやEIDD-2801等のRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)阻害剤が用いられる。レムデシビルは複数のグループで強力な抗ウイルス効果が確認されている。

Huangらの報告では、SARS-CoV-2に感染したヒトiPS細胞由来Ⅱ型肺胞上皮細胞にレムデシビルを作用させると、細胞内ウイルスゲノム量が約105分の1に低下した2)。Perez-Bermejoらの報告では、SARS-CoV-2に感染する前からヒトiPS細胞由来心筋細胞にレムデシビルを作用させると、非作用群と比較して細胞内ウイルスゲノム量を約105分の1に抑えることができた5)。KrügerらのヒトES細胞由来腸管オルガノイドにおいてもレムデシビルは治療効果を示し、細胞内ウイルスゲノム量が約104分の1まで低下した4)

SARS-CoV-2の侵入を阻害するため、ウイルス受容体であるヒトアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の可溶性組換え蛋白質を利用した検討が実施されている。Monteilらは、ヒトiPS細胞由来血管オルガノイドおよびヒトES細胞由来腎臓オルガノイドにおいて、可溶性ACE2作用によるウイルス侵入阻害効果を確認した6)。Bojkovaらも、ヒトiPS細胞由来心筋細胞において、可溶性ACE2を作用させると細胞内ウイルスゲノム量が低下することを報告した7)。可溶性ACE2に関しては、現在APERION Biologics社が主体となりフェーズ2試験が進行中である。

カモスタットやナファモスタットは、SARS-CoV-2のスパイク(S)蛋白質のプライミングを行うⅡ型膜貫通型セリンプロテアーゼ(TMPRSS2)を阻害することから、SARS-CoV-2侵入阻害剤としての利用が試みられている。著者らは、凍結ヒト気管支上皮細胞由来の気管支オルガノイドにカモスタットを作用させることで、細胞培養上清中のウイルスゲノムコピー数が約20分の1に減少すると報告した1)

Liらは、ヒト生体組織由来肺オルガノイドに対しカモスタットを前処理すると、感染後に細胞培養上清中のウイルスゲノムコピー数が約10分の1に減少すると報告した8)。さらに、ヒト前立腺癌由来細胞LNCap細胞では、TMPRSS2発現がアンドロゲン受容体の発現により制御されているため、アンドロゲン受容体拮抗薬エンザルタミドによってSARS-CoV-2感染が阻害されることを示した。

しかし、肺オルガノイドではTMPRSS2がアンドロゲン受容体の直接的な制御を受けないため、エンザルタミドの感染阻害効果を確認できず、直接TMPRSS2を標的とするカモスタットでのみSARS-CoV-2感染が阻害されることも明らかとした。

以上のように、ヒトiPS細胞由来分化細胞およびオルガノイドは抗ウイルス薬の評価に有用なツールであることが示されている。既存薬の評価に限らず、大規模な創薬スクリーニングを実施することで、画期的な新薬の創出への貢献も期待されている。また、組織炎症を再現できるオルガノイド等を用いることで、抗炎症薬の開発も可能になると考えられる。

ヒトiPS細胞を用いたSARS-CoV-2感染およびCOVID-19重症化の個人差研究

COVID-19患者の約8割は無症状あるいは軽症であるが、約2割は重症化する。加齢や既往歴、人種差、遺伝情報など様々な因子が重症化に関与すると報告されている。近年のCOVID-19重症化患者におけるゲノムワイド関連解析等からも示唆されるように、個々人の遺伝的背景の差異はCOVID-19の症状の個人差の重要な一因であると考えられる。ヒトiPS細胞は様々な遺伝的背景を持つ個人から樹立できることから、遺伝的要因とCOVID-19の関係性を調査するために活用され始めている。

COVID-19の死亡率には性差があり、男性の方が死亡率が高いことが報告されている。そこで、著者らは、ヒトiPS細胞を用いて、SARS-CoV-2感染効率の性差を再現できるか検証した。ACE2を発現させたヒトiPS細胞を用いて、SARS-CoV-2感染実験を行ったところ、男性由来iPS細胞の方が細胞培養上清中のウイルスゲノムコピー数が多いことを確認した9)。男性由来iPS細胞の方が女性由来iPS細胞よりもTMPRSS2の発現量が高い傾向にあったことから、この差がSARS-CoV-2感染効率の性差に影響している可能性がある。

ヒトiPS細胞はゲノム編集が高効率にできる細胞であることから、SARS-CoV-2に関連した遺伝子変異の機能解析も実施されている。Dobrindtらは、FURIN 遺伝子に存在する一塩基多型(SNP)がSARS-CoV-2感染にどのように影響するか調べるため、SNPを導入したヒトiPS細胞を用いたSARS-CoV-2感染実験を行った10)。SNP rs4702を有するヒトiPS細胞由来肺胞上皮細胞と神経細胞の両方で、SNP rs4702を持つ方がFURIN の発現レベルが低く、細胞内のウイルスゲノム量が少ないことが確認された。

Wangらは、アポリポ蛋白質E(ApoE)遺伝子のアイソフォームがCOVID-19重症化にどのように影響するか調べた11)。ApoE4アイソフォームを持つアルツハイマー病患者由来iPS細胞においてゲノム編集操作を行い、ApoE3アイソフォームに変換したのちSARS-CoV-2感染実験を行った。その結果、ApoE4 iPS細胞由来神経細胞の方がSARS-CoV-2の感染効率が高かった。また、ApoE4 iPS細胞由来神経細胞ではSARS-CoV-2感染によって神経突起長が大幅に短くなった。さらに、ApoE4 iPS細胞由来アストロサイトでは断片化したDNAが多数検出された。レムデシビルによる抗ウイルス効果にApoEアイソフォームは影響しないことも確認した。

以上のように、SARS-CoV-2感染およびCOVID-19重症化の個人差の再現と原因究明研究にヒトiPS細胞が有用であることが証明されつつある。これまでに多様な集団からiPS細胞が樹立されているため、樹立済みのヒトiPS細胞を活用することでCOVID-19の個人差研究が加速することが期待される。

おわりに

ヒトiPS細胞由来分化細胞およびオルガノイドを用いて、SARS-CoV-2感染細胞の特定やSARS-CoV-2感染による臓器応答の解析などが実施されてきた。また、レムデシビルや可溶性ACE2をはじめとして多くの治療薬の評価が行われてきた。最新の研究では、ヒトiPS細胞を用いたCOVID-19の個人差研究も行われている。

今後、ヒトiPS細胞由来分化細胞およびオルガノイドを用いることで、SARS-CoV-2生活環およびCOVID-19病態のさらなる理解が進み、画期的な新薬が創出されることを期待する。

参考文献

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  3. Pellegrini, L. et al. : Cell Stem Cell, 27, 951 (2020). DOI: 10.1016/j.stem.2020.10.001
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