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有機化学反応と溶媒

本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しています。

溶媒の役割とは?

化学反応の大部分は溶液反応という形態をとります。反応物は溶媒に溶けていて、均一な液相中で化学変化を進行させます。溶液反応は、均一系で温和に反応を進めることができる利点のほかに、反応の速度や選択性が溶媒によって大きな影響を受けることも知られています。しかしながら化学反応式を書いて反応を考えるとき、意外と溶媒が、反応機構の中に入っていなくて、「何のためにあるのか?」「何でこの溶媒を使っているの?」と考えたことはありませんか?

ということで、溶媒の作用とやその利点をいくつか紹介します。

化学平衡による溶媒効果

溶媒中の化学平衡は溶媒の種類によって平衡が変わります。例えば、ケト・エノール互変異性の平衡の場合には大きく変化します。1,3-ジケトンのケト・エノール互変異性は、鎖状化合物の場合にはシス-エノールとトランス-エノールを含み前者は水素結合で安定化されています。

図1のアセト酢酸エチルにおいては溶媒の極性が小さくなるとエノールの比率が多くなり、無極性溶媒中では気相における値にほぼ匹敵する結果になっています。

溶媒 KT エノール(%) 溶媒 KT エノール(%)
気相 0.74 42.5 0.07 6.5
シクロヘキサン 1.65 62 DMSO 0.05 5
THF 0.40 29 アセトン 0.13 0.13
メタノール 0.07 2.9 CH2Cl2 0.09 8

※KT=ケト・エノール互変異性異性化平衡定数

図1・表1 アセト酢酸エチルのケト・エノール平衡と溶媒による効果

反応速度に対する溶媒効果

反応速度に対する溶媒効果の定性的な一般論は、反応原型と遷移状態における静電相互作用に基づいて考えることができます。このような考察は、求核置換反応と脱離反応の先駆的研究を展開したHughesIngoldによって整理されています。反応物が中性分子であるかイオンであるかに注目して、遷移状態での (活性錯体での) 電荷分布の状態を考えると、反応は次の3つの場合に分けられます。

遷移状態で 溶媒和変化 溶媒極性が増大すると
(a) 電荷の増大 溶媒和増強 反応速度増大
(b) 電荷の分散 溶媒和少し減少 反応速度少し減少
(c) 電荷の消滅 溶媒和減少 反応速度減少

反応原系と遷移状態の極性変化とそれによる溶媒和の変化に基づいて考えると、反応速度に対する溶媒効果が定性的に予測できます。この考え方は一般的に適用でき、溶媒効果の大きさから遷移状態の極性 、さらには反応機構を考察することも可能です。

反応の選択性に対する溶媒効果

反応の選択性は、溶媒分子の電子供与 (ドナー) 性と電子受容 (アクセプター) 性に基づいています。

溶媒 ドナー数 アクセプター数
CH3CN 14.1 19.3
CH3COCH3 17.0 12.5
(C2H5)2O 18.5 3.9
(CH3)2SO 29.8 19.3
[(CH3)2N]3PO 38.8 10.2
表2 極性溶媒のドナー数とアクセプター数

例えばジエチルエーテル(C2H5)2OはGrignard反応に適した溶媒です。これは優れた電子受容性と適度な電子供与性を持ち、マグネシウムイオンに溶媒和して円滑な求核付加を可能にするためです。

しかし、さらに電子供与性の大きいHMPA、[(CH3)2N]3POを溶媒に用いると、マグネシウムイオンに強く配位するためにカルボニル化合物への配位が妨げられ、付加反応は起こらずに脱プロトン化が起こってしまいます (図2)。そのため、溶媒の選択は重要となります。

図2 Grignard反応における溶媒効果

また、HMPAはこのように高い電子供与性があるため、これを利用するとエノラートの立体選択的な作りわけが可能となります。

例えば図3のようにエチルケトンをLDAと反応させると、THF中ではカルボニル基の酸素原子がLDAのリチウムイオンに配位した6員環遷移時状態を経由します。この時、メチル基とイソプロピル基の間の立体的反発がより小さい遷移状態が有利となり、E体が優先して生成します。しかし、電子供与性の大きいHMPAを添加すると、HMPAがリチウムイオンに強く溶媒和するためにカルボニル基の配位は抑えられ、反応は非環状遷移状態を経て進行します。この結果メチル基と置換基R との間のゴージュ反発が小さい方を経てZ体が優先的に生成することになります。

図3 溶媒の使い分けに基づくエノラートの立体選択的生成(青矢印の方向に進む)

このように、溶媒には様々な効果があり、もちろん無視できないものです。参考書で使って学ぶことはなかなかむずかしいため、実験を行い、反応機構を考える際には溶媒にも注目して考えてみてほしいです。

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