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【テクニカルレポート】QTOF を用いた水質 LC-MS/MS 対象農薬の一斉分析(水道法 水質管理目標設定項目 別添方法 20 の 2)

本記事は、和光純薬時報 Vol.88 No.1(2020年1月号)において、SCIEX アプリケーションサポート部 秋山 愛子様、会田 祐司様に執筆いただいたものです。

はじめに

水道水の安全管理のため、多種多様な検査が日々実施されている。その中には、水道法による水質基準を始め、水質管理上留意すべき項目として水質管理目標設定項目、さらには毒性評価が定まらない物質や水道水中での検出実態が明らかでない項目が要検討項目と位置づけられている。

水質管理目標設定項目として測定・評価されている農薬類(水質管理目標設定項目15)のうち、固相抽出による前処理後に GC-MS や LC-MS で測定を行っている農薬が、平成30年3月28日改訂の別添方法 20 の 2、LC-MS/MS による一斉分析法へ測定対象農薬として追加された。これら農薬類の測定には、トリプル四重極質量分析計(QqQ)であるLC-MS/MSを用いた MRM 測定が広く実施されている。

MRM 測定の場合、対象化合物ごとに測定条件を予め作成する必要があるため、それら対象化合物以外の物質は測定することができない。一方、同じ液体クロマトグラフ―質量分析計の 1 つである四重極飛行時間型質量分析計(QTOF)の LC-QTOFを用いた測定においては、事前の条件検討を必要とせず、且つ対象外の化合物の測定も可能である。また、QTOF の特長である高分解能測定により、バックグラウンドの低減による高感度化も期待できる。

今回、QTOF であるSCIEX X500R QTOF システムを用いて、別添方法 20の 2 に検査法が定められている農薬類の一斉分析の検討を行った。

SWATH® Acquisitionについて

ノンターゲット分析で使用されるデータ依存的プロダクトイオンスペクトル取得(Data Dependent Acquisition;DDA)では、微量成分を取り逃す事例が報告されている。一方、ターゲット分析に使用されるMRM は選択性が高い反面、ノンターゲット分析や網羅的な解析を行うことが難しい。

そこで今回の検討では、従来型のデータ取得に代わり、微量成分の取り逃しを極力減らした包括的な分析が可能なデータ非依存的プロダクトイオンスペクトル取得(Data Independent Acquisition;DIA)であるSWATH® Acquisitionを用いた。一度の測定で全てのイオンのプロダクトイオンスペクトルを 取得できるSWATH®では定性分析はもちろん、プレカーサーイオンを用いた定量、さらにはプロダクトイオンを用いた定量解析も実施することができる。

TOF-MSを用いた高分解能のプロダクトイオン情報からの定量となるため、選択性が高く、夾雑イオンの排除によるLOQ の向上が期待できる。さらに MRMと異なり対象化合物ごとの条件検討の必要がなく、一度の測定ですべての情報が取得できることから、基本的に再分析することなく、対象外の化合物についても再解析で検出・定量が可能である。

SWATH® の測定は、Q1セル(四重極)でプレカーサーイオンを一定の Window(取り込み幅。図 1 では25 Da であるが可変)で通過させ、コリジョンセルで開裂させる。生成したプロダクトイオンは TOF-MS で測定する。このWindowを連続的に繋げ(例えばm/z 400-425、425-450、 450-475、 ・・・1175-1200)、非常に早いスキャンスピードで測定していくことで全てのイオンのプロダクトイオンスペクトルを取得することができる。

方法

測定試料

標準液として下記の原体及び市販の農薬混合標準溶液を用いて、各濃度が 1 µg/mL になるよう混合標準液を調製した。この混合標準液を 10% アセトニトリルを用いて濃度 0.005, 0.01, 0.02, 0.05, 0.1, 0.2, 0.5, 1, 2, 5, 10, 20, 50 ng/mL に調製した。

原体

アミトラズ、(5Z)-オリサストロビン、チオファネートメチル、プロパルギット、2-ベンズイミダゾールカルバミン酸メチル、ベンフラカルブ、DPA、ホセチル(いずれも富士フイルム和光純薬製)

農薬混合標準溶液

66 種農薬混合標準液 水質-1-2、15 種農薬混合標準液 水質-2、28 種農薬混合標準液 水質-3、63 種農薬混合標準液 水質-4、農薬混合標準液 水質-6、29 種農薬混合標準液 水質-9(いずれも富士フイルム和光純薬製)

測定条件

高速液体クロマトグラフ:SCIEX ExionLCTM AD システム
カラム:InertSustain C18 1.9μm, 2.1 mm φ× 100 mm(GL サイエンス製)
移動相 A:0.5 mM 酢酸アンモニウムを含む精製水
移動相 B:0.5 mM 酢酸アンモニウムを含むメタノール
グラジエント条件:B:5 %(0 min)-30 %(1 min)-45 %(2 min)-75 %(11min)-98 %(14 min)-98 %(16 min)-5 %(16.1 min)-5 %(20 min)
流速:0.3 mL/min
注入量:30 µL
カラムオーブン:40℃
質量分析計:SCIEX X500R QTOF システム
イオン化法:ESI 法
測定モード:SWATH® Acquisition

図1.SWATH Acquisition
図1.SWATH® Acquisition

SWATH® Acquisitionについての詳細はメーカーホームページをご覧ください。

結果と考察

SCIEX X500R QTOFシステムを用いて SWATH® Acquisitionを行うことにより、事前の測定条件の検討をほとんど必要とせずに、水質管理目標設定項目の別添方法 20 の 2 に記載の農薬類の内、198 種の化合物で目標値の 1/100 以下の濃度から検量線を作成できた。また、目標値の 1/100 以下の濃度でCV値(n=5)が 7% 以下と良好な再現性を確認できた。

198 成分の内、ほとんどの化合物については、TOF-MS で取得した精密質量の抽出イオンクロマトグラムを用いて定量が可能であったが、ジメピペレートなど 11 成分でバックグラウンドが高く、目標値の 1/100 の濃度で定量下限を満たさなかった。そこで、SWATH®で同時に取得していたプロダクトイオンスペクトルを用いて再解析を行ったところ、バックグラウンドが低減し、上記 11 成分全てで目標値の 1/100 以下の濃度で定量できることが確認できた(図 2)。

図2.ジメピペレートのクロマトグラム比較(0.02ppb)
図2.ジメピペレートのクロマトグラム比較(0.02ppb)

また、SWATH® は TOF-MS スペクトルだけでなくプロダクトイオンスペクトルも同時に取得しているため、同位体の理論パターンと併せて、プロダクトイオンスペクトルライブラリとの比較による定性確認が可能である。今回の分析のような多成分の一斉分析では、異性体など組成式が全く同じ化合物も多く含まれるが、プロダクトイオンスペクトルを用いて同定確認することで各化合物を識別できた(図 3)。実サンプルでピークが検出された場合においても、同時に取得したプロダクトイオンスペクトルを用いて同定確認ができるため、陽性・擬陽性の判断を再測定不要で即時に行うことが可能である。

図3.メフェナセットの抽出イオンクロマトグラム、同位体パターン及びプロダクトイオンスペクトル
図3.メフェナセットの抽出イオンクロマトグラム、同位体パターン及びプロダクトイオンスペクトル
(青:実測値、グレー:理論パターン(同位体パターン)・ライブラリ(プロダクトイオンスペクトル))

おわりに

SCIEX X500R QTOFシステムを用いた SWATH® Acquisition は、 別添方法 20 の 2 農薬類の一斉分析において、TOF-MS で取得した精密質量のプロダクトイオンスペクトルによるさらなる高感度定量と同時に、同位体の理論パターン、プロダクトイオンスペクトルライブラリとの比較による定性確認もできる有用な測定手法であることが示された。

参考文献

    1. 水質管理目標設定項目の検査方法(平成 15 年 10 月 10 日付健水発第 1010001 号)(最終改正 平成 30 年 3 月 28 日)厚生労働省医薬・生活衛生局水道課
    2. QTOF 用いた水質 LC-MS 対象農薬の一斉分析(第 26 回環境化学討論会、佐藤 香代、ポスター発表)
    3. QTOF 用いた水質 LC-MS 対象農薬の一斉分析(別添方法 20 の 2)(第 28 回環境化学討論会、秋山 愛子、ポスター発表)

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