DNAエキストラクター®キットを用いた残留DNAの定量検出
本記事は、富士フイルム和光純薬株式会社 ライフサイエンス研究所 福地 大樹が執筆したものです。
はじめに
ワクチンを含むバイオ医薬品の多くは培養細胞や大腸菌などを用いて製造されるため、その原薬・製剤に宿主細胞由来のDNAが残留する可能性が指摘されている。この残留DNAによって宿主細胞やウイルスに由来する発がん遺伝子が伝搬する可能性や、ウイルスDNAが感染性のイベントを引き起こす可能性を否定できず、そのため残留DNAの定量的検出はバイオ医薬品の製造やプロセスバリデーション等の試験の一部として重要な試験となっている。
バイオ医薬品において残留DNA量が投与あたり100 pgまでと推奨している報告があり1)、欧米だけではなく他の国々でも品質試験の一項目として宿主細胞由来残留DNAの定量的検出を実施する必要性が一段と高まってきている。このような微量残留DNAを検出するには、サンプル中から微量残留DNAを高回収率に抽出する必要がある。
本稿では、当社のDNAエキストラクター®キットがこのような微量残留DNAの検出において有用なDNA精製試薬であることを紹介する。
DNAエキストラクター®キットについて
生物製剤中に含まれる総DNAを検出、定量するには、まずそこに含まれるDNAをタンパク質等の他の生体成分から分離、精製する必要がある。その方法としてプロテアーゼによる試料の消化と、それに続くフェノール、クロロホルムによる抽出でDNAを単離するのが一般的である。しかし、この方法では比較的純度の高いDNAが得られる反面、劇物であるフェノールやクロロホルムを使用する必要があり、また手間と時間を要する抽出操作を行わなければならないという欠点がある。また、シリカ担体などを用いた固相抽出法は担体への吸着によるDNAのロスが起こり、微量なDNAの回収には適していない。有機溶剤を用いた方法も微量なDNAの回収率は同じく低く、このような点もDNA抽出試薬の大きな課題点の一つであった。
当社から1992年に商品化されたDNAエキストラクター®キット(製品コード:295-50201)は、よう化ナトリウムを用いた手法により上記欠点を解決し、簡便な操作で純度の高いDNAを高回収率に抽出することができるキットである。
DNAエキストラクター®キットの原理
本キットの内容※には、よう化ナトリウムと界面活性剤が含まれており、タンパク質可溶化剤(カオトロピックイオン)であるよう化ナトリウム及び界面活性剤が試料中のタンパク質を始めとした成分を可溶化状態にし、そこへ2-プロパノールを添加することで、核酸(主にDNA)とグリコーゲンを選択的に沈殿(共沈)させることができる2)。上述のように担体や有機溶剤を使わず、精製ステップを簡素化して沈殿物を得ることにより微量なDNAを高回収率で抽出することを可能にしている。
- 本キット内容:よう化ナトリウム溶液、N-ラウロイルサルコシン酸ナトリウム溶液、洗浄液(A)、洗浄液(B)、グリコーゲン溶液
DNAエキストラクター®キットを用いたDNA抽出と総DNA定量例
以前の当社の和光純薬時報 Vol.60 No.3 p.28 (1992)に掲載された、本キットを用いた賦形剤及び添加剤存在下の添加DNA回収率に関する報告を再び紹介する。この実験では、モデル溶液として、賦形剤や添加剤としてよく用いられる物質(アルギニン、尿素など)やタンパク質(BSAとヒトγ-グロブリン)について通常用いられる量もしくは過剰量をリン酸緩衝生理食塩水に溶かした溶液を調製し、そこにpgオーダーの任意量のウシ胸腺DNAを添加した溶液を作製した。次に、DNAエキストラクター®キットの実験手順に従い、各モデル溶液400 µLをDNA抽出処理した。得られた沈殿物は500 µLのリン酸緩衝生理食塩水に溶かし、スレッシュホールド総DNA定量※,3,4)を行い、添加DNAの回収率を測定した。測定結果を表1に示す。
表1.賦形剤及び添加剤存在下の添加DNA回収率
賦形剤及びその添加量 | 添加DNA量(pg) | DNA回収率(%) | |
---|---|---|---|
ソルビトール | 200 mg/mL | 50 | 95 |
50 mg/mL | 50 | 94 | |
マルトース | 400 mg/mL | 50 | 89 |
200 mg/mL | 50 | 102 | |
50 mg/mL | 50 | 98 | |
マンニトール | 200 mg/mL | 50 | 84 |
デキストロース | 200 mg/mL | 50 | 81 |
サッカロース | 200 mg/mL | 50 | 92 |
尿素 | 1 mol/l | 50 | 106 |
アルギニン | 200 mg/mL | 50 | 110 |
γ-グロブリン | 60 mg/mL | 10 | 102 |
60 mg/mL | 5 | 84 | |
60 mg/mL | 2.5 | 88 | |
BSA | 200 mg/mL | 10 | 95 |
5種類の糖類については何段階かの濃度で測定したが、すべて80%から110%の範囲内で添加DNAが回収された。またアルギニンや尿素についても高回収率にDNAを抽出することができた。タンパク質についてはBSAとヒトγ-グロブリンについて検討し、いずれも高いDNA回収率であった(タンパク質種など試料によってはタンパク質の沈殿が生じる場合があるが、その場合は希釈するかあるいはタンパク分解酵素を用いて対応することが可能である5))。以上の結果から、本キットは幅広いサンプル中の残留DNAを再現性よく、高回収率に抽出できることが示されていた。
- スレッシュホールドDNA定量とは、Molecular Devices社の「Threshold® Total DNA assay system」を利用した総DNA定量測定法のことで、DNAを遺伝子ではなくDNA分子として定量測定する方法およびキットシステムのことである。同システムの総DNA量検出感度は2 pg/assayである。
DNAエキストラクター®キットを用いた微量残留DNAの抽出とqPCR法による定量例
上述したように「Threshold® Total DNA assay system」は、総DNA定量法であり特定の遺伝子を検出対象としてない。qPCR定量法を用い特定遺伝子を検出対象とすることにより、宿主細胞由来であることを明確にした残留DNAを検出でき、また、スレッシュホールドDNA定量よりも高感度な残留DNAの検出が可能になることの利点に着目し、想定させる宿主細胞由来の微量DNAの抽出が可能であるかを検討した。
本実験例では、残留DNAのモデルとして、タンパク生産、抗体生産でよく使用されるCHO細胞および大腸菌のゲノムDNAを使用し、微量残留DNAの抽出とqPCR法による定量を行った。実験手順は図1に示す。
まず、100 µLの水(注射用蒸留水)に0.1 pg~100 pgの各ゲノムDNAを添加したサンプルから本キットを用いてDNAを抽出し、100 µLの水で溶解した。その後、qPCR法を行い同時に作成した検量線から添加回収量を算出した。その結果、大腸菌ゲノムは1 pgから100 pg、CHO細胞ゲノムは0.1 pgから100 pgまでの間で添加回収量は85~120%を示した(ここでデータは示していないが両ゲノムともに1,000 pgまで回収率ほぼ100%であった)。
次に、細胞培養上清中に残留DNAが含まれていることを想定した実験を行った。細胞培養上清サンプルとして、ヒト膵臓腺癌由来の細胞株Panc-1を10% FBS DMEMで3日培養した培養上清500μLを用い、そこに0.1 pgのCHO細胞ゲノムDNAを添加したものを使用した。その結果、作成した検量線から得られた回収量は0.093 pgであった。本実験から500 µL中に含まれる残留DNA量が0.1 pg(100 fg)というfgオーダーの微量な量でも本キットを用いることにより、残留DNAを高回収率に抽出できることが示された。また、サンプルが水、リン酸緩衝生理食塩水、細胞培養上清いずれにおいてもほぼ90%以上の高収率で微量残留DNAを回収できたことより(表1および表2)、本キットは、総DNA定量法の項目でも述べたように、幅広いサンプルにおいて高回収率に微量残留DNAを抽出できることが示唆された。
表2.ゲノムDNAの添加回収率
サンプル (添加したゲノムDNA) |
DNA量 | 検量線からもとめた回収DNA量(pg) | 添加回収率(%) |
---|---|---|---|
注射用蒸留水 (大腸菌) |
0.1 pg | ND(検出下限以下) | - |
1 pg | 1.031 | 103 | |
10 pg | 11.09 | 111 | |
100 pg | 85.1 | 85 | |
注射用蒸留水 (CHO細胞) |
0.1 pg | 0.093 | 93 |
1 pg | 1.187 | 119 | |
10 pg | 11.57 | 116 | |
100 pg | 87.1 | 87 | |
ヒト細胞培養上清 (CHO細胞) |
0.1 pg | 0.0928 | 93 |
おわりに
本キットを使用することにより、サンプル中に含まれる残留DNAを高収率で回収することができた。残留DNAの定量においてはサンプル中からのDNA抽出が非常に重要なステップとなるが、本キットは微量な残留DNAでも高回収率に抽出することができる。また幅広いサンプルでも使用が可能であり、CHO細胞だけではなく大腸菌や酵母といった他の宿主細胞由来残留DNAにおいても有用であると考えられ、今後バイオ医薬品等の検査項目でも使用されることが期待される。
参考文献
- Knezevic et al. : Biologicals, 36:203-211(2008).
- Ishizawa, M et al. : Nucleic Acids Res., 19, 5792(1991).
- Kung. V. T et al. : Anal. Biochem., 187, 220-227(1990).
- 水沢左衛子, 本間玲子. : Pharm Tech. Japan, 7, 309-314, 426-431(1991).
- 和光純薬時報 Vol.61 No.1 p.27(1993)