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【テクニカルレポート】高感度、高精度なキナーゼの新規蛍光 HTS アッセイキットの紹介

本記事は、和光純薬時報 Vol.83 No.3(2015年7月号)において、和光純薬工業 ライフサイエンス研究所 成瀬 健に執筆いただいたものです。

はじめに

タンパク質のりん酸化修飾は、プロテインキナーゼと呼ばれる酵素群によって触媒される。プロテインキナーゼは ATP のりん酸基を基質タンパク質に転移する反応を触媒する酵素であり、ヒトでは 500 種類以上のプロテインキナーゼが存在する。プロテインキナーゼの発現や機能に異常が生じると細胞内タンパク質のりん酸化レベルの制御不全が引き起こされ、悪性腫瘍などの疾患の発生につながる。そのため、プロテインキナーゼを標的とした医薬品の開発が盛んに進められている。

低分子医薬品の研究開発工程には、膨大な化合物から成る化合物ライブラリーから、標的のキナーゼのみを特異的に阻害する化合物を選別するハイスループットスクリーニング(HTS)とよばれる工程がある。HTS に適用可能なキナーゼ活性測定キットは各社から販売されており、測定原理として、ATP の減少量を測定する方法、ADP の生成量を測定する方法、基質の 3 種類に大別される。その中でも、ADP の生成量を測定する方法は感度が優れており、あらゆる種類のキナーゼを測定することができるため、広く利用されている。

今回当社では、東京大学創薬機構と共同して、新規の酵素カップリング反応を利用したキナーゼ活性測定試薬、Fluorospark™ Kinase/ADP Multi-Assay Kit を開発した1)。本キットは、キナーゼ反応で生じた ADP を蛍光測定により定量することで、高感度、高精度かつ低コストにキナーゼ活性を測定することができる。さらに、キナーゼ活性を経時的に測定するリアルタイムアッセイにも対応しており、基礎研究から HTS まで幅広く適用できるアッセイキットとなっている。本稿では、新規キナーゼアッセイキットの特長と使用例について紹介する。

Fluorospark™ Kinase/ADP Multi-Assay Kit の特長と使用例

本試薬は、キナーゼ反応の生成物である ADP を酵素カップリング反応により蛍光物質レゾルフィンに変換することを特長とする(図1)。そのため、レゾルフィンの蛍光を測定することでキナーゼ反応液中の ADP を定量し、それによりキナーゼ活性を評価することができる。

図1.Fluorospark Kinase / ADP Multi-Assay Kit の測定原理
図1.Fluorospark™ Kinase / ADP Multi-Assay Kit の測定原理
キナーゼ反応の結果生じたADPは、3種類の酵素による酵素カップリング反応を経て蛍光物質レゾルフィンに変換される。レゾルフィンの蛍光量はADPの生成量と比例するため、レゾルフィンの蛍光を測定することでキナーゼの活性測定を行うことができる。

本アッセイキットによる測定は、検出液をキナーゼ反応液に添加するだけの簡便なワンステップ操作で完了する。最初にキットに付属の 4 液(基質液、酵素液、レサズリン液、還元剤ブロッカー)を使用前に混合して検出液を用時調製し、次に検出液をキナーゼ反応液に添加して 30 分間インキュベーションする。その後、酵素カップリング反応により生成したレゾルフィンの蛍光を測定することで、0.05 µmol/ℓ ~ 30 µmol/ℓ までの ADP を直線性良く定量することができる(図2)。このように、検出液を添加して蛍光を測定するというホモジニアスなアッセイ系であるため、効率的に多数の化合物サンプルを測定することができる。本アッセイキットは 96、384、1536 ウェルプレートのいずれのマイクロプレートにも対応しているため、アカデミアレベルの小規模なスクリーニングから膨大な化合物ライブラリーを用いた HTS まで幅広く本アッセイキットを利用できる。

図2.Fluorospark Kinase / ADP Multi-Assay Kit によるADP検量線
図2.Fluorospark Kinase / ADP Multi-Assay Kit によるADP検量線
小容量384ウェルプレート上で5 µLのADP、ATP混合液(ADP + ATP = 1, 100 µmol/L)に対して5 µLの検出液を添加し、ADPの定量を行った。

また、本アッセイキットは基質変換率が低い場合、すなわちキナーゼ反応による ADP 生成量が低い場合においても高感度、高精度で、優れた Z'-factor を取得可能であるという特長をもつ。Z'-factor とは、感度と精度から算出されるアッセイ系の妥当性を示す指標であり、HTS のアッセイ系を評価するための指数として広く用いられている。一般的に、適切なスクリーニングを行うには 0.5 以上の Z'-factor が必要とされている。本アッセイキットを用いて 5% 基質変換効率に相当する ADP の定量を行ったところ、従来の発光法を利用した ADP 定量キットよりもデータのバラつきが少なく、優れた Z'-factor が取得可能であることが示された(図3)。

図3.従来発光法とのZ'-factorの比較
図3.従来発光法とのZ'-factorの比較
ATP + ADP = 1, 10, 100 µmol/L の0%基質変換率もしくは5%基質変換率に相当するADPをFluorospark™ Kinase / ADP Multi-Assay Kit もしくは従来発光法により定量した(n = 16)。
Z'-factor は、ポジティブコントロールとネガティブコントロールの平均値をそれぞれµp、µn、標準偏差をそれぞれσp、σnとして、Z'-factor = 1 - (3 x (σp + σn) / (µp + µn ) ) の式により算出した。

また、cAMP-dependent protein kinase (PKA) をモデル酵素として PKA に対する特異的阻害剤 H-89 による阻害曲線を作成したところ、文献値(IC50=40nmol/ℓ)とほぼ同じ IC50 値が得られ、実際のキナーゼ活性も問題なく測定可能であることが示された2)(図4)。

図4.H-89による阻害曲線の作成
図4.H-89による阻害曲線の作成
PKAの特異的阻害剤H-89によるPKAの阻害効果を測定した。各濃度のH-89に対してPKA 0.02U/µL、ATP 5µmol/L、Kemptide 125 ng/µL を添加して反応を行い、反応液中のADP量をFluorospark™ Kinase / ADP Multi-Assay Kit もしくは従来発光法により定量した。

さらに、本アッセイキットは、キナーゼ活性の経時的測定(リアルタイムアッセイ)にも利用できる。例として、さまざまな ATP 濃度における PKA の反応初速度をリアルタイムアッセイにより算出し、ATP に対する PKA の Km 値を求めた(図5)。このように、基礎研究レベルでキナーゼのカイネティクス解析が必要とされる場合も、本アッセイキットを使用することができる。

図5.リアルタイムアッセイを用いたKmの算出
図5.リアルタイムアッセイを用いたKmの算出
(A)0~40 µmol/L のATP溶液中におけるPKAの活性を、リアルタイムアッセイにより測定した。キナーゼ反応は、PKA 0.02U/µL、ATP 5 µmol/L、Kemptide 125 ng/µL で行われた。
(B)(A)の結果から各ATP濃度におけるPKA反応の初速度を算出し、Km値を計算した。

おわりに

これまで紹介したように、Fluorospark™ Kinase/ADP Multi-Assay Kit は低コストかつ高感度、高精度なキナーゼ活性測定が可能であり、リアルタイムアッセイを行うこともできるため、さまざまな研究シーンで活用可能である。また、キナーゼだけではなく、ATPase などの ADP を産生する酵素全般の活性測定にも適用できると考えられる。

現在、東京大学創薬機構では誰でもアクセス可能な大規模化合物ライブラリーが整備されており、創薬研究における HTS は身近なものとなりつつある。本アッセイキットがアカデミア、企業問わず幅広い研究者に活用され、今後の創薬研究の発展に貢献できることを願う。

※Fluorospark™ Kinase/ADP Multi-Assay Kit は、東京大学創薬機構との共同開発品である。

参考文献

  1. Kumagai, K. et al.: Anal. Biochem., 447, 146 (2014). DOI: 10.1016/j.ab.2013.11.025
  2. Hidaka, H. et al.: Methods Enzymol., 201, 328 (1991). DOI: 10.1016/0076-6879(91)01029-2

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