【テクニカルレポート】ビフィズス菌とヒトiPS由来小腸様上皮細胞の相互作用による代謝産物の網羅的解析
本記事は、和光純薬時報 Vol.92 No.3(2024年7月号)において、森永乳業株式会社 基礎研究所腸内フローラ研究室 宣 旭様に執筆いただいたものです。
Bifidobacterium属細菌(以下ビフィズス菌)は腸内細菌叢を構成する主要な菌種であると同時に、プロバイオティクスとしても広く商業利用されている。ビフィズス菌は主に糖を代謝して乳酸や酢酸を産生するが、これら代謝産物は腸管バリア機能の増強や有害な病原性細菌の排除、免疫賦活作用など私たちの健康維持に重要な役割を果たす1)。ビフィズス菌は他にもビタミン類や後述する芳香族乳酸など、我々宿主にとって有用な代謝産物を産生することから、生体内におけるビフィズス菌の代謝挙動を解析することは、その有効性を評価するうえで非常に重要である。ビフィズス菌は主に大腸に棲息するが、プロバイオティクスとして摂取したビフィズス菌は生きた状態で小腸管腔内からも検出されることが報告されている。小腸内の細菌は脂質代謝や免疫賦活作用を始め宿主の様々な健康機能に関与することから2)、筆者らは小腸管腔内におけるプロバイオティクスとしてのビフィズス菌の代謝挙動を把握することを目指した。
生体内における細菌の代謝は、常在する他の細菌や宿主細胞の影響を受ける非常に複雑な反応であることから、適切なin vitroでの実験系を用いてその詳細を紐解いていく必要がある。しかし、ビフィズス菌は生育に酸素を要求しない偏性嫌気性細菌であるため、通常の培養方法では好気状態で培養する宿主の腸管上皮細胞との共存が難しく、代謝物相互作用を評価することは難しい。そこで、まず筆者らは島津製作所と京都大学が共同開発した腸管上皮細胞-腸内細菌共培養デバイスを活用し、疑似的にヒト小腸での腸管上皮細胞とビフィズス菌が生きて共存している系を構築した3)。本培養装置トランスウェルに単層化した腸管上皮細胞を境界面に、基底側の培地を好気状態で密閉して嫌気チャンバーに持ち込むことができ、細胞へ供給される溶存酸素を維持したまま管腔側を嫌気状態にして細菌を培養できる。今回ビフィズス菌には認知機能の一部を改善する作用が知られているプロバイオティクスBifidobacterium breve MCC1274(以下B. breve MCC1274)を使用した4)。また、腸管上皮細胞としては、一般的に用いられているCaco-2細胞等と比べてCYP3A4などの代謝酵素がヒト小腸上皮に近いとされるiPS細胞由来小腸様上皮細胞(F-hiSIEC)を用いた5)。
本研究では、まずB. breve MCC1274とF-hiSIECを24時間共培養し、その培養上清中に含まれる代謝産物を網羅的なメタボローム解析で評価した。その結果、B. breve MCC1274とF-hiSIECを共培養した培養上清は、それぞれ単体で培養した際と比べ、代謝物のプロファイルが全く異なっていた(図1(A))。 筆者らは変化した代謝産物を詳細に解析したところ、インドール乳酸(ILA)やフェニル乳酸(PLA)といったビフィズス菌が産生する芳香族乳酸(ALAs)がF-hiSIECとの共培養により増加することが分かった(図1 (B))。芳香族乳酸はトリプトファンやフェニルアラニンといった芳香族アミノ酸から変換される物質で、本実験で用いたB. breve種等乳幼児に定着する種のビフィズス菌において産生量が多いことが知られている。これらの代謝産物は抗炎症効果を始めとする様々な免疫調節作用を持つ代謝産物として近年注目されている。
図1(A).
培地中に含まれる代謝産物量の主成分分析
図1(B).
B. breve MCC1274 とF-hiSIEC 培養後の
芳香族乳酸産生量
本現象の作用機序を明らかにするため、次に我々は腸管上皮細胞由来の代謝産物がビフィズス菌の代謝に影響を与えるのではないかと考えた。F-hiSIEC単体の培養液中に含まれるが共培養により減少する代謝産物群の中に、キサンチンやヒポキサンチンなどの核酸代謝物が多く含まれていることに着目した(図2 (A))。ヒト小腸組織でもアデノシン等のプリン体を代謝して尿酸まで異化する酵素が高発現している。実際にこれらの物質が代謝に影響を与えるか評価したところ、B. breve MCC1274の培養液にヒポキサンチンやキサンチンを添加することでILAの産生量が増加することを確認した(図2 (B))。このことから、F-hiSIECとの共培養によりB. breve MCC1274のILA産生が上昇したメカニズムの一つとしてプリン体の供給が考えられた。
図2(A).
B. breve MCC1274 とF-hiSIEC 培養後の核酸代謝物の相対量
図2(B).
核酸代謝物添加時の
B. breve MCC1274 の
ILA 産生量
本培養系を活用することで、代謝物に関する新たな宿主-プロバイオティクス相互作用の一端を明らかにすることができた。一方で本研究はあくまでin vitroでの研究であり、本培養系で得られる知見をどのようにヒト生体内で評価するかは今後の課題である。
参考文献
- Gavzy, S. J. et al. : Gut Microbes, 15, 2291164 (2023).
- Delbaere, K. et al. : FEMS Microbiol. Rev., 47, fuad022 (2023).
- Sen, A. et al. : Front. Microbiol., 14, 115438 (2023).
- Xiao, J. et al. : J. Alzheimer Dis., 77, 139 (2020).
- Imakura, Y. : Biochem. Biophys. Res. Commun., 692, 149356 (2024).