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【連載】幹細胞由来EV ~治療、診断、化粧品への展開~「第2回 歯肉幹細胞由来エクソソームを応用した歯周炎治療の 開発に向けて」

本記事は、和光純薬時報 Vol.90 No.4(2022年10月号)において、九州大学病院 歯周病科 福田 隆男様に執筆いただいたものです。

はじめに

歯周炎は口腔内の歯周病細菌によって引き起こされる慢性炎症で、歯を支える歯槽骨の吸収を特徴とする。しかし通常の歯周炎治療は、細菌性プラークとその足場となる歯石除去を中心とした原因除去療法が中心である。そのため、歯周炎で喪失した歯槽骨の再生はほとんど期待できず、病状の進行を食い止める対処療法であるのが現状である。

このような状況を打開すべく、歯周組織再生療法の開発が行われてきた。現在に至るまで様々なオプションの開発を経ながら、一定の成果があがってきているものの適応症は限定的である。一方、近年注目されている幹細胞を中心とした細胞移植による細胞治療はめざましい成果をあげつつも、必要設備・コストなどの面から、歯科臨床への普及には多くのハードルが課せられているのが現状である。いずれの治療においても、統一的見解に基づいた分子基盤の確立は、安全性とさらなる治療効果の向上に必須である。

間葉系幹細胞(MSCs)は、細胞治療の代表的ソースとして利用されている。近年、従来の細胞治療の概念に加え、幹細胞からの分泌因子による効果が注目を集めている。すなわち、MSCsによる疾病治療効果には、MSCsから分泌されるエクソソームと呼ばれる細胞分泌小胞が中心的役割を果たし、内包されるmiRNAを介した遺伝子発現制御が組織再生に重要であることが明らかとなりつつある1)

歯肉幹細胞(GMSCs)は他組織由来のMSCsに比べて採取が容易であるうえ、免疫制御能に優れ2)、さらにエクソソームの分泌量が高いという特性を有する3)。MSCs由来エクソソームは長期の冷凍保存が可能なため臨床応用上の操作性の点で優れており、細胞治療に該当しないため倫理的ハードルが低いという利点があげられる。

以上に着目し、GMSCs由来エクソソームの歯周病治療応用にむけた基礎研究を進めている4)

GMSCs 由来エクソソームによるM2マクロファージ誘導

歯周炎の各ステージにおいてマクロファージは異なる表現型で存在する5)。マクロファージは、炎症誘導型のM1マクロファージと抗炎症型のM2マクロファージの2つの表現に大別される。M1マクロファージはLPSもしくはIFN-γのようなTh1サイトカインにより活性化され、iNOS,ROS,TNF-α,IL-1β,IL-6などの炎症誘導性因子を産生する。

対照的にM2マクロファージは、Th2サイトカインであるIL-4,IL-13によって誘導され、IL-10やTGF-β,VEGFなどの抗炎症性サイトカインを産生することで血管新生、スカベンジングを促進し、炎症応答を収束させ組織修復へと転換していくフェーズにおいて中心的役割を担っている。

GMSCs由来エクソソームの有する抗炎症効果について、マクロファージの表現型に及ぼす影響に着目して検証したところ、IL-4/13刺激と同様にM2マクロファージ誘導効果が確認された。MSCsは疾病由来の刺激に応じて治療効果が増幅することが報告されている6)

そこでGMSCsに種々の炎症性刺激を加えた後に培養上清からエクソソームを回収し、M2マクロファージ誘導能を比較した。その結果、TNF-α刺激が最も効果的にM2マクロファージを誘導することが確認された4)

さらにin vivo で検証を行うため、マウスの背面皮下に表皮欠損を作成し、GMSCs由来エクソソームを注入して経時的な創傷治癒効果を比較した。エクソソーム群はコントロール(PBS)群と比較して有意な創傷治癒が認められたが、TNF-α刺激後エクソソーム群ではさらに創傷治癒の促進効果が確認された。

このときの組織切片においても、TNF-α刺激後エクソソーム群はM2マクロファージの早期集積を認め、同時に炎症性細胞浸潤の早期減少および創傷部位の上皮化の亢進が観察された4)

GMSCs由来エクソソームによる歯周炎治療効果

GMSCs由来エクソソームによるM2マクロファージ誘導を介した歯周炎治療の可能性を検証するため、絹糸結紮誘導性マウス歯周炎モデルを作成し、歯槽骨吸収抑制効果について検証した(図1)。

歯肉へのエクソソーム注入により歯槽骨吸収の抑制が認められたが、TNF-α刺激後エクソソーム群ではさらに骨吸収抑制効果の改善が確認された。また組織像においても、TRAP陽性破骨細胞数の減少が認められた4)

近年、M2マクロファージのIL-4/13刺激以外の誘導経路について、アデノシン(ADO)およびその受容体を介した分化経路が報告されている7)。ADOは抗炎症分子であり、炎症反応を誘導するアデノシン三リン酸(ATP)から細胞膜酵素CD39/CD73による脱リン酸化カスケードを経て産生される。CD73は代表的なMSC陽性マーカーとしてGMSCsにも恒常的に発現しているが、TNF-α刺激によりエクソソームでの発現が増強することを確認した。

一方、エクソソームをCD73中和抗体で処理するとM2マクロファージ誘導が有意に阻害された。以上から、GMSCsへのTNF-α刺激により誘導されるエクソソームCD73がM2マクロファージ誘導に重要であることが明らかとなった4)

GMSCs 由来エクソソーム内包 miR-1260b による骨吸収抑制

GMSCs由来エクソソームによる骨吸収抑制機構について検討するため、エクソソーム内包miRNAについてマイクロアレイ解析を行った。TNF-α誘導性miRNAに注目してDatabase解析を行ったところ、miR-1260bが多数の骨吸収関連遺伝子を標的とすることが判明した。そこでmiR-1260b導入が破骨細胞活性化因子であるRANKL発現に及ぼす影響について、歯根膜細胞(PDLCs)を用いて検討を行った。

その結果、LPS誘導性のRANKL発現がGMSCs由来エクソソーム刺激のみならず、miR-1260b導入でも有意に抑制されることを確認した。これらの分子機構について検証した結果、TNF-α誘導性miR-1260bはWnt5aおよびJNKシグナルの阻害を介して、PDLCsにおけるRANKL発現を抑制することが明らかとなった4)

さいごに

歯周炎治療において、M2マクロファージは炎症を収束させ組織修復へと誘導する中心的役割を担っている。さらに近年、歯根膜幹細胞(PDLSCs)がM2マクロファージとの共培養により歯周組織再生に重要なセメント芽細胞へ分化促進することが報告され8)、M2マクロファージによる歯周組織再生効果のエビデンスが構築されつつある。そのため、GMSCs由来エクソソームは歯周炎治療に必須の炎症の収束に加え、組織のリモデリングと再生を包括的に誘導する可能性をも秘めており、歯周組織再生に大きなアドバンテージがもたらされると考えられる(図2)。

さらに、GMSCs由来エクソソーム内包miRNAについてIngenuity PathwayAnalysisを行ったところ、生活習慣病および難治性疾患への応用が期待できるパスウェイが多数、上位に上がっていることも確認された。今後は、GMSCs由来エクソソームが有するmiRNAを介した抗炎症作用の機序解明を通して、将来的にヒトを対象とした研究に向けた分子基盤を構築し、歯周病治療にとどまらず「口腔から全身の健康」に繋がる治療戦略への応用も目指したいと考えている。

参考文献

  1. Quesenberry, P. J. et al . : Stem Cell Res.Ther .,6, 153( 2015).
  2. Zhang, Q. et al . : J. Immunol ., 183, 7787( 2009).
  3. Kou, X. et al . : Sci. Transl. Med ., 10, eaai8524(2018).
  4. Nakao, Y. et al . : Acta Biomater ., 122, 306(2021).
  5. Ebersole, J. L. et al . : Periodontol. 2000 , 62,163( 2013).
  6. Katsuda, T. et al . : Proteomics , 13, 1637(2013).
  7. C sóka, B. et al . : FASEB J ., 26, 376( 2012).
  8. L i, X. et al . : Stem Cells , 37, 1567( 2019).

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