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尿中L-FABPはシスプラチン誘発性急性腎障害の予測因子

本記事は、シミックホールディングスが編集する「News Letter L-FABP No.23」をもとに掲載しています。

背景・目的

シスプラチンを用いた化学療法(cisplatin-based chemotherapy; CIS-CT)は尿路上皮癌に対する標準的な治療法である。一方で、シスプラチンが腎毒性を有することも良く知られており、CIS-CTを受けた患者の25~35%に急性腎障害(AKI)や機能障害が認められる。このようなシスプラチン誘発性腎障害は、治療薬投与量の制限や投与そのものの中止につながり、治療効果を損なうおそれがある。投与されたシスプラチンの多くは尿中に排泄されるが、その一部が腎臓に蓄積し、特に近位尿細管のうちS3領域の上皮細胞が強く障害される。このような尿細管構造の障害から尿細管周囲の間質組織障害を生じ、さらにはCIS-CTを受けた患者の投与後48~72時間以内にみられる腎灌流および糸球体濾過量(GFR)の低下へとつながる。尿細管上皮細胞におけるシスプラチン濃度は血液中の5倍にも達するとされており、血液中のシスプラチン濃度が低い場合においても注意が必要である。
従来からのAKIの診断基準の一つとして血清クレアチニンの上昇が挙げられるが、血清クレアチニンおよびGFRの変化は大量輸液による希釈や筋肉量など様々な要因により腎損傷の時期と重症度を正確に推定することが難しく、診断および治療介入の遅れや重症度の過小評価につながることが懸念される。近年、血清クレアチニンやGFRに基づく評価と比較して早期の腎損傷を予測しうるとされるAKIバイオマーカーがよく研究されており、敗血症患者やICU入室重症患者、また心血管手術や造影剤投与に伴う腎障害の早期診断における有用性が報告されている。そのうち尿中L-FABPは筆者の近年の報告から、腹腔鏡下腎部分切除術において血流遮断解除後2時間以内に上昇ピークを示し、虚血性腎障害の程度を予測しうることが示されている。本試験ではさらにこの尿中L-FABPが、CIS-CTを受けた患者のAKIの早期診断においても有用であるかどうかを検証した。

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対象と方法

2018年1月から2019年3月までに、組織学的に膀胱癌および上部尿路上皮癌と診断されCIS-CTを受けた20歳以上の患者42名を対象とした。これらの患者は米国東海岸癌臨床試験グループパフォーマンスステータス(ECOG PS)が0または1であり、eGFRが45 mL/min/1.73 m2以上であった。CIS-CTを受ける前に採血および採尿を実施し、血清クレアチニンや尿中L-FABPのベースライン値を測定した。またCIS-CT投与の直前に等張電解質輸液2,000 mL(8.1 mEq硫酸マグネシウム、10 mEq塩化カリウム、150 mLマンニトール)とデキサメタゾン投与を受けた。70 mg/m2のシスプラチンを2時間かけて静脈内投与した後、5%グルコース溶液500 mLと乳酸リンゲル液500 mLを投与した。尿中L-FABPと血清クレアチニンはシスプラチン投与後2時間、6時間、また1、2、3、7、28日後に測定した。尿中L-FABP値はベースライン値からの増加倍率を算出し評価した。
AKIの診断はKDIGO分類に従い、48時間以内に血清クレアチニン値が0.3 mg/dL以上増加した場合、過去7日以内に取得した血清クレアチニンのベースライン値よりも1.5倍以上の増加した場合、尿量が6時間にわたって0.5mL/kg/h以下となった場合とした。

結果

投与前後の大量輸液を実施し、さらにマンニトールや必要に応じてフロセミドによる強制利尿を実施したにも関わらず、CIS-CT施行後1週間の間に42例中10例(23.8%)がAKIを発症した(AKI+群)。残りの32症例(76.2%)は血清クレアチニンに顕著な変化が認められずAKIと診断されなかった(AKI-群)。
背景因子として、AKI+群はAKI-群に比べ女性の割合が高い結果となったが、各群の年齢、BMI、投与前の腎機能には有意な差は認められなかった(表1)。
血清クレアチニンはCIS-CT直後には両群間で有意差は認められなかったが、3日目および7日目においてはAKI+群がAKI-群に対し有意に高い値を示した(図1)。一方で尿中L-FABPはCIS-CT後2時間から急激な上昇がみられ、6時間時点でAKI+群がAKI-群に対し有意に高い増加倍率を示し、有意な差は2日目まで認められた(図2)。最終的にAKI-群では尿中L-FABPはベースラインまで改善したが、AKI+群ではベースラインの値には戻らずAKI-群よりも高い測定値を維持した。
腎機能が安定していたAKI-群では全観察期間を通して血清クレアチニン、尿中L-FABPともに有意な上昇は認められなかった。 尿中L-FABP増加倍率が最も高い値を示した6時間時点でのROC解析を実施したところ、AKI診断能に対する曲線下面積(AUC)は0.977となり、カットオフ値が投与前のベースライン値に対して10.28倍の尿中L-FABP値の上昇と算出された(図3)。

結論

上部尿路上皮癌の患者は65歳以上の高齢者が多く、腎尿管切除術により腎臓が1つしかない場合も多いことから、AKI発症リスクが高いと考えられる。そのためAKIの早期診断が非常に重要である。
本試験の結果、CIS-CTから2日目より後に有意な上昇が認められる血清クレアチニンよりも早く、6時間以内のL-FABPの尿中排泄量の増加によって急性腎障害が予測しうることが示された。尿中L-FABPはCIS-CT後のAKIリスクを有する患者の早期段階での特定に有用であり、さらには腎毒性予防のための治療の指標として有益なマーカーである可能性が考えられる。

出典

  1. Yanishi M, Kinoshita H. : BMC Nephrol., (2022)., doi: 10.1186/s12882-022-02760-4.

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