siyaku blog

- 研究の最前線、テクニカルレポート、実験のコツなどを幅広く紹介します。 -

【総説】歯科用接着系材料の概略

本記事は、和光純薬時報 Vol.90 No.2(2022年4月号)において、YAMAKIN 株式会社、高知大学医学部 次世代歯科医療開発講座 坂本 猛様に執筆いただいたものです。

はじめに

歯科用接着系材料とは、歯質と修復物や補綴物を接着するための材料である。歯が虫歯になったとき、虫歯になった部分を削り、修復物あるいは補綴物といわれる「詰め物」をする。このような物質は、貴金属または非貴金属の合金、セラミックスや有機- 無機複合体から構成されており、それら自体には接着性はない。

図1.天然歯の構造とコンポジット修復の模式図
図1.天然歯の構造とコンポジット修復の模式図

特に、充填材(フィラー)を含む歯科用有機材料の特徴として、金属冠の装着とは異なり、虫歯の部分のみの最低限の切削で、修復を行うことができるため21 世紀になって提唱されたMI(Minimal Intervention)治療のコンセプトに合致した材料として普及した。また、高分子材料は色調が調整しやすいので、有機材料が現在では歯科医院での虫歯治療の主な手法の1つとなっている1)(図1)。

このような接着性のない修復物には、専用の接着材が必要であり1)、歯科用接着系材料はこれらの多様な材質に対して、十分な接着性が求められる。さらに、口腔内は、常に唾液による湿った環境で、歯質や修復物は咬合や咀嚼のような強い荷重にさらされており、かつ摂食により急激な酸性度や温度変化にも暴露されている環境であるので、このような過酷な接着環境に対して長期に耐えなければならない。

歯科用接着系材料には、接着材と接着性レジンセメントがあり、成分は共通する部分が多いが、用途は多少異なる。前者は、虫歯を切削などで取り除いた後、その空隙を修復する際に、修復用充填材(コンポジットレジン)の充填前に歯質にあらかじめ塗布して光により予備的に硬化させて充填材による充填を行い、最終的に充填材も光により硬化させて充填を完了する(図2)。後者は、歯冠(クラウン)などの補綴物と虫歯除去後、形状を調整した歯質と接着し、かつ両者の間隙を充たしながら装着させるために使用する。

図2.1液性歯科用接着材の使用方法
図2.1液性歯科用接着材の使用方法

歯科用接着材について

接着材を構成する材料は、メタクリレートモノマー、添加剤(開始剤など)、増粘剤(ヒュームドシリカなどの無機物)と溶媒である。このような接着系材料は可視光あるいは化学的反応で開始するラジカル重合を用いて硬化させ、光重合では可視光によって硬化させることが歯科特有の技術である。また、光増感剤としてカンファーキノンが代表的である。モノマーは、近年アクリルアミドを用いる製品もあるが、ほとんどメタクリレートであり、複数の機能性モノマーが用いられている2)

歯科用接着材の歯質に対する接着機構は、脱灰(エッチング)、浸透(プライミング)と硬化(ボンディング)からなる(図3)。脱灰とは、歯質の表面を化学的に削ることである。ハイドロキシアパタイトのカルシウム分が、接着材の酸性成分によって処理されることで、表面が部分的に溶かされ粗造化される。脱灰過程はエナメル質と象牙質では多少異なる。エナメル質が95%以上無機質(ハイドロキシアパタイト)から構成されているのに対して、象牙質では、約20%の有機物を含み、その60%程度がコラーゲン線維である2)

図3.歯質に対する接着機構
図3.歯質に対する接着機構

したがって、象牙質は脱灰を受けるとコラーゲン線維が海綿状に露出する。一般に象牙質の方が脱灰を受けやすく、過度に脱灰が進むとコラーゲン線維が収縮するので、接着材成分が浸透しにくくなり、接着力低下の要因となる。浸透とは、粗造化された表面に対して接着材成分が浸透することであり、ボンディングでは浸透したモノマーが光によって硬化することによって接着の工程が完結する。

接着材の技術的変遷では、接着の過程ごとに3液性であったものから2 液性や1液性へ移行しているが、これは接着工程における簡便性やテクニカルエラーを追求した結果である。ただし、操作の簡便性の追求と接着耐久性のバランスが求められ、2液性は接着耐久性において1液性よりも臨床的に信頼が高いというように、それぞれ利点と欠点が相補的である2)。理想的には、簡単な手順で、どのような条件でも、多様な接着対象に対して再現性よく接着できることであるが、この課題解決は非常に難しい。

構成する成分とは?

接着材は、複数のモノマーが用いられ、それらの機能性に応じて使い分ける。例えば、歯質に対するエッチングを行い、その後ポリマーのネットワークに取り込まれる接着性モノマーと呼ばれる酸モノマー、硬化した接着材の物理的な強度を保つための複数のメタクリレート基をもつ架橋性モノマー(ジメタクレート)あるいは接着材成分の接着対象への浸透やぬれ拡がりを担う低粘度のモノマーなどがある2)(図4)。

図4.歯科で一般的なメタクリレート
図4.歯科で一般的なメタクリレート

特に、接着性モノマーは、1液性接着材の発展に大きく貢献したモノマーであり(図5)、酸性基がリン酸であるMDP が代表的であり、歯科用接着材としてのMDP に関する科学的蓄積の実績が多くある3)

また、酸性基がジカルボン酸である4-MET は、接着材に古くから用いられているモノマーであり2, 3)、接着材組成としては、その酸無水物である4-META として配合し、接着材組成内で加水分解させて用いられることが多い。4-MET の機能は、リン酸モノマーよりも酸性度が低く、象牙質への作用を比較的温和にすることができることである(図5)。

図5.接着性モノマー
図5.接着性モノマー

近年、接着性モノマーとして開発したM-TEG-P® は、両親媒性であることが大きな特徴である。既存のリン酸モノマーは、水に対して不溶性であり、接着材は硬化する直前に溶媒を風乾させる。多くのモノマーは非水溶性なので、硬化する直前に成分が不均一になる課題があり、これが接着の不首尾につながる可能性がある。

M-TEG-P® は連結基部分をテトラエチレングリコール鎖にすることにより、リン酸モノマーが両親媒性となり、組成の分離を防ぐことができる。また、接着材のぬれ性の改善も期待できる(図5)。M-TEG-OH は、水酸基をもちM-TEG-P® の前駆体であるが、中性の両親媒性モノマーである。MTEG-P® に比べ粘度が低く、相溶性が高いモノマーなので、反応性希釈剤に使用できる。また、水酸基をもつモノメタクリレートであり、ビルディングブロックとしても有用である。

レジンセメントとは?

レジンセメントは、歯科の発展において合着材に分類される。従来、自己接着性をもたず、材質の異なるいろいろな種類があり多岐にわたる。これらのうち、有機系のものはメタクリレートが主流で、接着材の原料と共通するが用途は異なる。自己接着性はないため、接着材が必要である4)

レジンセメントの分類の中で、接着性をもつものが2003 年より登場し現在では多数の接着性レジンセメントが発売されている5)。これらは、接着性モノマーを含有し接着機構も接着材と同じであるが、溶媒を含まず脱灰は限定的である。

補綴物を装着時に使用するので、光照射で効果的に開始できないことを考慮して、2 種類のペーストあるいは粉末を混和することによる酸化還元重合と併用する(Dual cure)。レジンセメントの課題は、接着材と同様に、接着力や接着耐久性の問題と操作性などがある。とくに接着耐久性に関しては、材料工学的試験結果と臨床結果との隔たりも指摘されている。

レジンセメントの組成は、接着材組成と比較して溶媒が省かれるが、接着剤と同様に無機フィラーを含み、その含有量は60 重量%程度である。無機フィラーには、シリカ、アルミナ、ジルコニアなどの複合体が用いられるが、接着材(レジンセメント)層の構造を強固に保ち、重合収縮を低減するための成分である。

また、フィラーは、酸モノマーと併用する硬化の過程で中和にも作用し、組成物の初期は酸性であるが、中和が進み加水分解によるポリマーネットワークなど結合開裂防止に寄与し、材料の劣化を防ぐことに貢献する。

近年、工業用用途で開発された特殊な形状の無機フィラーが注目されている。この粒子は2012 年、多孔質の二酸化チタンナノ粒子を超高速で合成できる画期的な手法を開発したことによって生み出された6, 7)。この方法では、メタノールに原料のチタンイソプロポキシドと補助剤のカルボン酸を加え、約300 ~ 400 ℃に加熱するシンプルな手法で、合成時間はわずか10分と短時間である6)

さらにこの手法を用いて、内部が詰まった中実構造と内部が中空の構造を作り分けることにも成功し、得られたナノ粒子が日本の特別天然記念物、阿寒湖のマリモによく似た形をしていることから「MARIMO(Mesoporously Architected Roundly Integrated Metal Oxide)」と名付けられ、応用研究が進められている(図6)。

図6.球状多孔質ジルコニア粒子(左:SEM 右:TEM)
図6.球状多孔質ジルコニア粒子(左:SEM 右:TEM)

この「MARIMO」のジルコニア粒子7)(比表面積300 m2/g)は、非多孔質ジルコニア(比表面積4~ 9 m2/g)と比較すると、「MARIMO」配合のレジンセメントの接着強さの向上に寄与することが明らかとなった。新規の歯科用レジンセメントに応用すると、簡便な操作(光照射のみ)によって、強力に接着することができる。このような新規無機フィラーの応用は、歯科だけでなく他の分野での接着材料に対して、性能向上が期待できる。

まとめ

歯科用接着系材料に関する課題は、簡便性と接着の信頼性を共存させることである。有機化合物には、良好なエッチング、化学的相互作用あるいは組織や構造への浸透性、重合性が望まれ、無機フィラーに関しては、強固で耐久性のある構造実現のために、フィラーの形状、成分などを工夫して有機物と共同し、歯科接着の要求に耐える硬化物を形成することである。このような材料の応用によって、接着材を必要としないコンポジットレジン(0 ステップ、修復材料)の実現の可能性が期待できる。

参考文献

  1. Bart, V. M. et al. : Dent. Mater., 24, 1 (2005).
  2. 坂本猛,木村洋明,大川内一成,水田悠介,林未季:日本接着学会誌,52,152 (2016).
  3. Norbert, M., Ulrich, S. and Jörg, Z. : Dent. Mater. J., 21, 895 (2005).
  4. Tomas, H. et al. : Dent. Mater., 28, 1183 (2012).
  5. William, M. and Jack, L. F. : "Resin-based cements used in dentistry, Handbook of oral biomaterials", Pan Stanford Publishing Pte Ltd (2014).
  6. Farkfun, D. et al. : Chem. Commun., 53, 6704 (2017).
  7. Pengyu, W. et al. : J. Supercrit. Fluids, 80, 71 (2013).

キーワード検索

月別アーカイブ

当サイトの文章・画像等の無断転載・複製等を禁止します。