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スケールアップで失敗しないために 反応前の注意点

本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しています。

熟練者と同じようにやっているのに、なぜかうまくいかないという実験がいくつかあると思います。その種類の一つに、スケールアップが挙げられます。実験ノートや論文の実験項にはOrganic Synthesesのような懇切丁寧な説明書きが無い事が多く、自分の感覚でスケールアップしても再現しないことがよくあります。このあたりについては、スケールアップを研究する学問であるプロセス化学以外の観点ではあまり触れられない部分ですので、ポイントとなってくる点について紹介していきます。

反応容器について

スケールアップ時の反応容器は、大きめのものを使いましょう。フラスコに並々反応溶液が入っていると、突沸やガスの発生、反応熱の処理などのリスクが高まります。反応容器を選ぶ際はクエンチや後処理で水を入れることまで勘案したうえで、選ぶとよいと思われます。一方で、フロー反応を使えばスケールアップの問題はなくなるという意見もあります。もし、フロー装置をお持ちの場合はこの点も検討いただくといいかもしれません。

反応熱について

スケールアップ時には熱交換率が大きく低下することを考慮しなくてはなりません。加熱反応の場合はあまり問題になりませんが、冷却を必要とする反応では、反応温度を必要以上に下げ、反応剤の滴下速度を遅くして反応を制御するプロセスとなります。また、常温で実施する反応も発熱反応が多いので、スケールアップ時には反応熱が蓄積され、予想以上に反応温度が上昇する場合があります。さらに、気体が発生する反応では、発生する気体の容量が反応液と比べて圧倒的に大きくなるので注意が必要です。

スケールアップ時は熱交換の効率が下がっています。この観点での注意を怠ると、発熱反応が急速に進行し、副生成物の増加や選択性の低下、さらに反応の暴走による吹きこぼしや、最悪の場合爆発につながります。スケールアップ時は、実績のあるスケールの10倍程度に留めるのが基本です。また、当たり前のことですが、温度計によって内温を直接測定しながら、反応剤を滴下して温度をコントロールすると良いかと思われます。場合によっては、犠牲基質を用いて先に大半の反応剤を消費させてから、水などを加えて反応を完全に停止させるなどの処理が望まれる場合もあります。(例えば、DIBAL還元をAcOEtでクエンチや、THFの蒸留窯をIPAでクエンチするのと同様です。)

攪拌について

攪拌効率についても考慮する必要があります。特に、DIBALやLAHのクエンチでは激しい攪拌が求められますし、2層系の反応は攪拌により反応速度が大きく影響を受けるので、スケールアップ時はメカニカルスターラーを使うなど、効率的に攪拌するべきです。

濃度について

スケールアップの際は、多量の溶媒を使うので分液や濃縮などの後処理に時間がかかったり、単に費用もかさむなどの問題があったりします。より高濃度にして反応させたいところですが、濃度が変化すると反応速度が早くなったり、分子間反応が加速したり、反応温度の制御が効かず反応が暴走したりする場合もあります。濃度を変える場合には、必ずこれまでと同じスケールで、濃度を変えた実験で検証すべきです。また、その際のwork upや精製でもスケールアップ時の溶媒量をイメージして操作しておくと、トラブル時の備えになります。

抽出について

通常、スケールアップすると化合物の量に比して使用する溶媒量が少なくなってくる傾向があるので、スケールアップ後の抽出にはどれくらいの溶媒が必要なのかを考えておくべきです。特に以下の3点については気をつけるべきです。抽出操作はカラム精製などに比べて圧倒的に簡便です。化合物の極性がかなり低い場合などは、低極性の溶媒、例えばAcOEt/Hex 1:20などの混合溶媒を用いて抽出操作をすれば、極性が高い不要物、例えばDMFやDMPUなどの溶媒や副生成物をより簡単に取り除くことができます。

  • 大量スケールの抽出でエマルジョンができる場合は、溶媒量や水層のpHが適切かの検討が不足している場合があります。(小スケールで溶媒量とpHの再検討が有効です。またどうしても回避できないケースでは、大量のセライトを混ぜてセライトろ過で切り抜ける準備もしておくとよいでしょう)。
  • 水層の容量が不十分で不要なbyproductsが全て水層に移らず、crudeの純度が低下する場合があります。(この場合、洗浄回数を増やすなどの変更が有効です)
  • 水層や有機層の溶媒量が少なく、もしくは水層が塩で飽和しており析出物がみられる場合があります。(小スケールで溶媒量とpHについて検討したり、水を追加して改善を試みましょう)

精製方法について

大量スケールでのカラム精製は骨が折れます。使用する溶媒量も多くなります。再結晶や蒸留による別の精製についてもスケールアップの前に検討するべきです。反応が汚くなり、精製する手間よりも新たに仕込み直した方が早いと判断した時は、同じ失敗をしないように心がけましょう。

場合によっては、精製せずcrudeを次の反応に用いたり、洗浄や抽出を複数回行って不純物を除去する方法を考慮する必要もあるかと思います。また、精製するタイミング、例えばsensitiveな触媒反応の前に精製するなど、次の反応にどの程度の純度の中間体が必要とされているのかについても検討する場合もあります。

最後に

スケールアップの際には、準備、work up、精製どの点においても予想以上に時間がかかるものなので十分に余裕を持って行うことが肝要です。太いカラムで分離した場合、溶媒の濃縮だけで一日の大半を費やすこともあります。また、研究初期の反応スクリーニングなどは例外ですが、スケールアップや反応のチューニングなどの際、変更するパラメータは一つまでというのも反応条件のスクリーニングにおける鉄則の一つです。

スケールアップでうまくいかなくなった場合は必ず、サンプルを少しとり、小さいスケールでどうすれば問題が解決するか先行実験を入れると、失敗の拡大を防ぐことができます。少々化合物を失っても、先行実験をした方が時間を抑えることが可能ですし、戻せるのであれば一緒に処理してしまえば大丈夫です。詳しいことは経験のある方に聞くのも近道だと思います。

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