実験の再現性でお困りではありませんか?
本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しています。
概要
信頼性の高い論文に書かれた実験が再現できないということはたまに起こります。皆さんもひょっとしたら経験があるのではないでしょうか?
今回は、Nature Chemistry誌よりTulane大学のBruce C. Gibb教授による実験の再現性にまつわる話題をご紹介します。
Reproducibility
Gibb, B. C.: Nature Chem., 6, 653 (2014). DOI: 10.1038/nchem.2017
内容
論文に記載されている通りに実験したのに、収率が半分以下だったり、大量の副生成物ばかりになることがあります。他のグループの論文であれば、設備の問題や、実験者の違いが原因ということもよくあるでしょう。しかし、自らのグループが発表した実験結果が再現できなかったらちょっとたいへんです。
ある時、Gibb教授が自ら報告した以下の化合物の合成が全く再現できなくなったそうです。溶媒の量や比が非常に重要なことは分かっていましたので、厳密に調整したそうですが、それでも再現できません。実験者を変えても同じでした。皆さんならそんな時どんな原因を考えますか?
その答えは思いもよらないものでした。エタノールが重要だったのに、なんとエタノールのビンに誰かがアセトンを補充してしまったのでした。
それではうまく行くわけがないですが、こういった初歩的な試薬のトラブルは考慮に入れるべきかもしれません。一方で試薬が完璧でもなぜか再現できない反応もあります。何度やっても誰がやっても再現しないのに、ふとした拍子にできてしまったり、結局何が問題なのかわからないこともあるかもしれません。
日本では、夏場の湿気の問題が切実です。パスツールが酒石酸ナトリウムアンモニウムの光学分割に成功したのは気温が低かったからとういう逸話もあります。気候の変動による条件の微妙な差というのも原因の一つになります。
もしかしたら試薬のメーカーの違いで微妙に含まれる不純物が異なるために再現しないのかもしれません。鉄触媒で起こっていると思われた反応が、実は銅が不純物として含まれていて、それが実際の触媒だったなんて事例もあります。
というわけで、実験が再現できないのは非常に単純なミスから、通常想像し得ない原因まで様々あります。ではそれらをなるべく避けるための10か条をご紹介しましょう。
- 試薬の納入日と開封日を記録せよ。
- うまくいった時の状態を記録せよ。例えば反応する時の色などは良い指標となる。
- 原料や試薬は市販品であってもNMRやTLCで純度を確認すべし。
- 真空グリースとは言っても0.1 mmHg程度の減圧度では揮発することに留意する。
- オーブンで加熱してもなぜかNMRチューブにアセトンは残存するものである。
- 不純物なんてあり得ないと思うが、NMRチューブのキャップはチェックしたか?
- セプタムラバーも溶けだすことはあり得る。
- そのミクロシリンジは前に使った人がちゃんと洗浄したか?
- ロータリーエバポレーターのトラップに誰かが突沸させてないか?
- 最終物を濃縮しようとする時に限って・・・何かが起こるもの
上述のトラブルはいずれも人的要因であることから、それを排除すればいいともいえます。
一つの可能性としては全自動の合成ロボットなどがあるでしょう。まだラボレベルではコストなどの問題で導入は難しい面もありそうです。
それでも一昔前には無かったシリンジポンプ、自動精製装置、高性能のNMRなど、日々ヒューマンエラーを減らしてくれるような機器が登場してきています。実験の再現性とは実験のトレーサビリティとも言い換えることができます。そんな文明の利器を積極的に取り入れていくことで、人的ミスを極力減らしていけば、無駄な時間を減らすことができるかもしれません。