プロセス化学ー合成化学の限界に挑戦するー
本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しています。
概要
皆さんは「プロセス化学」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?
周りの人からよく聞くのは
「収率あげるんですよね?」
「結晶化が大事なんですよね?」
「大スケールで反応を仕込むんですよね?」
どれもプロセス化学の一部を表してはいますが、そのイメージは大分本質と乖離しているように感じます。そこで、今回は医薬品の化学合成を例にして、プロセス化学について紹介します。
医薬品のプロセス化学とは?
一般に医薬品の開発過程において、メディシナルケミストリー(以下、メドケム)分野で活性があるとされる化合物はプロセス化学部門に移ります。その際、確立された合成ルートで収率をあげ、そのままスケールアップすると思われる方もいるかも知れませんが、皆さまの中にも、原料合成の際にスケールをあげると何故か反応が上手く進行しない、という経験をした方も多いと思います。
医薬品は世界中の患者さんに供給するため、スケールアップ時の生産量も多く、単純なスケールアップでは上手くいかないというのは想像に難くないと思います。では、どうすればスケールアップがうまくいくのか?このフラスコとプラントをつなぐ研究がプロセス化学の役割です。プロセスケミストが研究で使うのは、決して大きな釜だけではなく、皆さんが毎日扱っているようなガラス製のナスフラスコだとかマイヤーです。実験(研究)を行う上では、大学の研究室と大差ありません。プロセス化学=大スケールというイメージがありますが、大スケールでの合成は、プロセス化学の研究結果でしかありません。すなわち、プロセス化学研究の結果として、プラントスケールでの合成が可能となるのです。
プロセスケミストが気を付けること
では、具体的にプロセスケミストはどんなことをしているのでしょうか。それは、「より良い工業的合成法を設定すること」です。それを達成するため、プロセス化学研究では以下のようなことに重きを置いています。
1. 環境に配慮した製法であること
トンスケールでの合成では、廃棄物の量も半端ではありません。反応副生物の処理は大きな問題です。
2. 操作が簡便であること
複雑な操作はミスを誘発します。
3. 安全であること
爆発が起これば、被害の大きさは尋常ではありません。オペレーターへの影響も考慮します。
4. 品質が一定して保証できること
人の命に関わりますので、含有不純物の量や残留溶媒など事細かな決まりがあります。
その他、各企業で細かなルールが決められていますが、主たるものはこのあたりだと思います。
これらを実現するためにプロセスケミストは、合成ルートの変更(メドケムルートが必ずしも商用に用いられるわけではない)、精製法の開拓、化合物の安定性の担保、不純物量のコントロール、時にはプラントの立ち上げ・設計などを担当します。当然、その研究範囲は広範囲に及びます。
これら全てを満たすような製造法を創ろうとすると、針の穴を通すようなプロセス設計もざらではありません。(あちらを立てれば、こちらが立たぬと言うような状況は多く存在します。)合成のスケールとは裏腹に、とても細かな研究が求められます。
このように、プロセス化学研究は合成化学という手法を用いて、安全かつ単純な方法で、出来るだけクリーンに、再現性良く薬をたくさん造るという(1つの)理想的な合成法を追い求める研究です。
すなわち、それは「合成化学がどこまでやれるのか」という合成化学の限界に挑戦している学問といっても過言ではないと思います。皆さまも化合物の合成法を突き詰めて考え、工業化にまで発展させる研究についてそれぞれの視点から考えてみるとおもしろいかもしれません。自分の携わった化合物が世に出ることや、その製造法を自らの手で創りだし、反応・製造が成功した時の嬉しさは、ひとしおだと思います。