【テクニカルレポート】オンラインSPE-FastGC/MS/MSシステムを用いた水中農薬の迅速分析法
本記事は、ChemGrowing vol.18(2021年11月号)において、株式会社アイスティサイエンス 技術営業部 浅井 智紀様に執筆いただいたものです。
1. はじめに
環境分析において、河川などへの汚染物質の流出事故が発生した状況下においては速やかに汚染物質の種類や濃度などの測定結果を得る分析手法が求められる。また迅速な分析手法の開発はより多くの検体数を短時間で処理できることにもつながる。
本レポートでは固相抽出からGC/MS/MS測定までをオンラインで全自動分析を可能とした装置「SPL-P100」と20 mカラム及び高速分離測定が可能なFastGC/MS/MSを組み合わせた全自動かつ迅速な「オンラインSPE-FastGC/MS/MSシステム」を用いて河川水における農薬の添加回収試験を行った結果を報告する。
2. オンラインSPE-FastGC/MS/MSシステム
2-1. 装置の概要
オンラインSPE-FastGC/MS/MSシステムの概要を図1に示す。
まずオンラインSPE-GC/MSシステムとはアイスティサイエンスが開発したオンラインSPE-GCインターフェースSPL-P100を用いて試料を固相抽出し、その溶出液をGCに注入しGC/MSで測定するシステムである。SPL-P100はメインユニットと送液部からなり試料をセットするだけで固相抽出からGCへの試料導入、GC/MS測定までの工程を全て自動で行うことができる。また本システムは前処理(固相抽出)とGC/MS/MS測定をオーバーラップさせることで効率的に処理サイクルを回すことが可能である(図2)。
本システムにおいて自動化を可能にしているのがオンラインSPE-GC専用固相カートリッジ「Flash-SPE」とGC大量注入口装置「LVI-S250」である。
オンラインSPE-GC専用固相カートリッジFlash-SPEとその構造を図3に示す。この固相カートリッジは充填量が2~5 mgと非常に少ないコンパクト設計となっており分析系のスケールダウンが図れるため試料の負荷量も少量となる上、固相から数十μLの溶媒で目的物質を溶出することが可能である。
一方GC大量注入口装置LVI-S250は胃袋型インサートを使用しておりその形状から最大100 μLの注入が可能である(図4)。これによりFlash-SPE から溶出した数十μLの溶出液を全量GCに導入することができる。
図5にLVI-S250の概要を示す。試料注入時は溶媒沸点付近に注入口温度を設定し、試料注入後はスプリットモードで溶媒を排出する。その後注入口温度を上げてスプリットレスモードにて目的物質をカラムに導入する。引き続き加温することでインサート内を焼き出しスプリットモードにて不揮発性成分を除去する。
今回は本システムに高速イオン取り込みが可能なGC/MS/MS「JMS-TQ4000GC(日本電子)」を接続し20 mの短い分析カラムを用いることでオンラインSPE-FastGC/MS/MSシステムとして自動化に加え更なる分析の迅速化を図った。
2-2. 従来法との比較
図6にオンラインSPE-GCシステムと従来法の水中農薬分析の比較を示す。従来法では、試料500 mLを固相(500 mg)に負荷し目的物質を保持させて固相を吸引乾燥、溶出ののち、濃縮して1 mLに定容し、そのうち1 μLをGCに注入する。それに対し本システムでは固相抽出にはFlash-SPEを使用するため試料の採取を500 mLから0.5 mLにスケールダウンが可能であり、その結果固相からの溶出液も数十μL(本レポートでは40 μL)と少量になるためLVI-S250を用いてGCに全量注入が可能である。
つまり従来法では試料500 mLを1 mLに500倍濃縮し、そのうち1 μLをGCに注入する。これは試料0.5 mLに相当する。本システムを用いた場合は試料0.5 mLを全量注入するためこれも試料0.5 mLに相当し、GCに導入する試料の絶対量(感度)は従来法と同等となっている。よって本システムでは従来法と同等の感度を確保しながら試料採取量の減量、溶媒使用量の低減(コスト削減)、前処理時間の短縮、自動化などのメリットを得ることができる。
3. 分析方法
3-1. 分析試料
河川水
3-2. 標準溶液
富士フイルム和光純薬株式会社製の下記標準溶液を使用した。
- 66種農薬混合標準液 水質1-2(Code No.168-26631、164-26633)
- 15種農薬混合標準液 水質2(Code No.169-23883、163-23881)
- 48種農薬混合標準液 水質5(Code No.161-26001、167-26003)
3-3. 試料調製
試料調製フローを図7に示す。試料には体積比で10%になるようにMeOHを、また試験溶液中の濃度が100 ppmになるようアスコルビン酸ナトリウムを添加した。MeOHは低極性成分のガラスバイアルへの吸着を抑制するため、アスコルビン酸ナトリウムは目的成分の酸化防止のためである。添加回収試験ではその後に標準溶液を添加した。調製した試料は1.5 mLガラスバイアルに分注し、SPL-P100にセットした。
検量線用の標準試料には精製水を用いて同様の調製を行った。
3-4. 固相抽出
SPL-P100における固相抽出フローを図8に示す。固相抽出はスチレンジビニルベンゼン共重合体(疎水性のポリマー)であるFlash-SPE BEPを用いてSPL-P100で行った。
試験溶液1.0 mLをBEPに負荷し目的成分を保持させてから水200 μLで洗浄し高極性夾雑物を除去した。続いてBEPに窒素ガスを吹き付け乾燥させ、アセトン‐ヘキサン(1/3) 40 μLで溶出し全量GCに導入した。溶出液のアセトン‐ヘキサン(1/3)はGCへの絶対注入量が500 ngになるように調製したポリエチレングリコール300を含有したものを使用した。これはGCインサートやカラム、イオン源等に存在する活性点(吸着点)への目的成分の吸着を抑制するためである。
3-5. 測定条件
固相からの溶出液は全量GCに導入し、GC/MS/MSで測定した。本システムでは20 mのカラムを用いて高速分離測定を行った。測定条件を表1に、測定装置を図9に示す。
表1. 測定条件
測定装置 | ||
---|---|---|
LVI-S250 (アイスティサイエンス) | ||
JMS-TQ4000GC (日本電子) | ||
GC条件 | ||
60℃ (3 min)-25℃/min-270℃-10℃/min-310℃ (3 min) [Total 18.4 min] | ||
ヘリウム | ||
1.2 mL/min | ||
MS条件 | ||
280 ℃ | ||
SRM (高速スキャン) |
4. 結果
20 mの分析カラムを使用することで分析時間15分までに目的の農薬成分のピークが検出され、焼き出し時間を含めて1分析を18.4分で測定することができた(図10)。
併行数n=7で行った添加回収試験の回収率とRSDの分布を図11に示す。回収率は精製水に標準溶液を添加し固相抽出を行った面積値と河川水に標準溶液を添加し固相抽出を行った面積値との比較で算出した。
試料中濃度10 pptの試験では評価対象とした122成分のうち109成分で70-130%の回収率が得られ、99成分でRSD20%未満となった。
試料中濃度100 pptの試験では評価対象とした126成分のうち117成分で70-130%の回収率が得られ、120成分でRSDが20%未満となった。
本システムを用いて良好な回収率と再現性が得られた。
5. おわりに
オンラインSPE-GC SPL-P100とFastGC/MS/MSを組み合わせることにより簡便・迅速かつ精度よく水中農薬を分析することができた。本システムは多検体を短時間で効率よく処理できることから河川でのモニタリングや汚染物質の流出事故など緊急事案に対しても有用性が示唆された。
6. 文献
- 浅井 智紀 , 島 三記絵 , 江 潤卿 , 佐々野 僚一: "オンラインSPEFastGC/MS/MSシステムを用いた水中農薬の迅速分析法の開発"第29回環境化学討論会講演要旨, p. 243 (2021).