IRの基礎知識
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赤外吸収分光法 (infrared absorption spectrometry, IR) は、試料に赤外線をあてて得られる吸収スペクトルを測定する分析法です。とりわけ、有機化合物にどのような官能基が含まれるかを決定したい時に有効です。今回はIRの原理から実例までをご紹介します。
原理
原子同士の結合は硬く固定されておらず、ある程度の柔軟性をもっています。分子に赤外領域のエネルギーを与えると、化学結合 (長さ・角度) の振動が生じます。この吸収された赤外線エネルギー量を測定すると、化学結合の種類 (官能基) がわかります。結合振動は、伸縮振動と変角振動の二つに大別されます。この伸縮振動と変角振動のエネルギーはそれぞれ異なっています。つまり、一つの化学結合に対して、二種類のスペクトルが現れます。
解析方法
赤外吸収スペクトルの吸収は4000〜650 cm-1の範囲であり、左側の波数の大きいほうが高エネルギー側です。また、赤外吸収スペクトルでは相対的な強弱で表すのが一般的です。
強度 | 記号 |
---|---|
very strong | vs |
strong | s |
medium | m |
weak | w |
variable | v |
broad | br |
チャートの解析においては、スペクトル全体を4000〜1500 cm-1と1500〜650 cm-1の二つの領域に分けます。4000〜1500 cm-1には伸縮振動による吸収のみが現れるため、比較的簡単なスペクトルとなります。官能基特有の位置に現れるピークが構造決定のヒントになります。大まかには高波数側から水素含有単結合→三重結合→二重結合の順に並んでいます。一方、1500〜650 cm-1には変角振動と単結合伸縮振動に由来する複雑な吸収スペクトルが現れます。概ね化合物固有のスペクトルが得られます。この領域は指紋領域と呼ばれています。
それでは実際に、いくつかの分子についてIRスペクトル解析をしてみましょう。
トルエン (芳香族炭化水素)
- Ar-H 伸縮振動 3028 cm-1
- C-H 伸縮振動(-CH3) 2920 cm-1
- 芳香族C=C伸縮振動 1605,1496 cm-1
- 芳香族一置換体 729,696 cm-1
- C-H面外変角振動 465 cm-1
引用)SDBSWeb : https://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 2020/11)
トルエンは少し複雑なスペクトルですが、ピークははっきりしています。このスペクトルでは1625〜1575 cm-1、1525〜1475 cm-1の2本の吸収より、芳香族C=Cが含まれている事がわかります。また729、696 cm-1の2本の吸収は芳香族一置換体を示しています。また2920 cm-1の存在から、トルエンのメチル基が判別できます。
3−メチル−2−ブタノン (カルボニル化合物)
C-H 伸縮振動(-CH3) 2973 cm-1
C-H 伸縮振動(-CH2-) 2936 cm-1
C-H 伸縮振動(-CH3) 2877 cm-1
C=O 伸縮振動(-CH3) 1718 cm-1
C-H 変角振動(-CH2-) 1468 cm-1
C-H 変角振動(-CH3) 1357 cm-1
引用)SDBSWeb : https://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 2020/11)
分子にカルボニル基が含まれていると、1700 cm-1付近に鋭く強い吸収が現れます。カルボニル基隣接位の構造によって、位置は微妙にシフトするため、カルボニル付近の構造決定もできます。共役型であればケト-エノール平衡のエノール型の存在比が大きくなり、それによって低波数側へシフトします。逆に隣接位に電子求引性基が存在すると高波数側へシフトします。
フェノール (アルコール、フェノール類)
Wave number (cm-1) and Transmittance (T%)
73 | 90 | 82 | 16 | 78 | 69 |
引用)SDBSWeb : https://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 2020/11)
O-H 伸縮振動、多分子水素結合 3313 cm-1
芳香族C=C伸縮振動 1595,1473 cm-1
芳香族一置換体 753,690 cm-1
このスペクトルの特徴は、3200 cm-1付近にある水酸基の幅広い吸収です。フェノールの水酸基は元来鋭い吸収を示しますが、分子間で複雑に水素結合することから幅広い吸収スペクトルとなります。希薄溶液にすると鋭い吸収スペクトルになります。