【総説】細胞内に発現する miRNA を検知し、目的の細胞を選別する RNA スイッチ™ 技術
本記事は、和光純薬時報 Vol.88 No.1(2020年1月号)において、株式会社 aceRNA Technologies 進 照夫様に執筆いただいたものです。
はじめに
京都大学 iPS 細胞研究所の齊藤博英教授らが発明した「RNA スイッチ™」技術は、細胞内に存在し、生命現象の様々な作用機序を制御すると言われている miRNA(マイクロ RNA)を検知して、細胞の遺伝子発現を制御することを可能とします。細胞内の miRNA の活性状態を細胞が生きたまま識別できることが大きな特徴の 1 つであり、この技術により判明した細胞種特異的な活性 miRNA に対応する RNA スイッチ™ を使うことにより、再生医療に用いる心筋細胞など、iPS細胞 /ES 細胞から分化誘導した目的細胞の同定及び選別または疾患に関連する miRNA の探索ツールとしての応用を可能とします。
自殺遺伝子を組み込んだ RNA スイッチ™ では、細胞に導入するだけで特別な機械などを使用せず、迅速かつ簡単に細胞選別を行うことが出来ます。また、蛍光タンパク質遺伝子を組み込んだ RNA スイッチ™ では、蛍光の発光・消失を指標に疾患ターゲット探索に寄与することが期待されます。
RNA スイッチ™ とは?
RNA スイッチ™ とは、図1に模式的に示したように、「miRNA を認識する配列」と自殺遺伝子や蛍光タンパク質遺伝子などの「マーカー遺伝子」から構成された mRNA(メッセンジャー RNA)を指しています。
RNA スイッチ™ は、タンパク質複合体を形成した活性型の miRNA により、特定の miRNA ナンバーに相応して切断を受けます。miRNA は、細胞内に存在し、生命現象の様々な作用機序を制御すると言われており、データベースで報告されている miRNA の数は、重複を除いて 2,657 種類存在しています(株式会社 aceRNA Technologies でリストアップ)。
データベースにある全ての miRNA に対応する RNA スイッチ™ をライブラリーとして準備することにより細胞種毎に特有の活性型 miRNA を検出するツールとして使用することが可能となります。
RNA スイッチ™ の機序
RNA スイッチ™ は細胞内に導入された後、目的の miRNA が存在すれば分解されますが、目的の miRNA が存在しなければ、タンパク質が発現し、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質の場合は光るという現象になります。または自殺遺伝子の場合、細胞死という形で細胞の識別・選別が可能となります(図2参照)。
再生医療分野では、RNA スイッチ™ライブラリーを用いて、細胞の分化状態で特有に発現する miRNA を探索し、その miRNA をターゲットとした RNA スイッチ™ を使用することで、例えば iPS 細胞/ES 細胞から分化誘導した心筋細胞を純化するために心筋以外の細胞を除去することが可能です。創薬分野への応用としては、疾患の状態で活動している miRNA を探索することで疾患関連の miRNA を検出することも可能となります。
製品の概要
(1)製品名:RNAスイッチ™シリーズ(表1)
例えば、iPS 細胞から心筋細胞に分化誘導した際に、分化誘導効率によっては、心筋細胞以外の邪魔な細胞が混入しています。図3のアプリケーションデータでは、RNA スイッチ™ により、心筋細胞に邪魔な細胞が混入している状態から、細胞選別を実施した結果として心筋細胞のみを抽出したことを示しています。
また、Control detector RNA Switch™ を使用することで、目的の細胞へのRNA スイッチ™ の導入効率を確認しながら実験を進め、細胞選別を実施することが可能です。
表1.RNA スイッチ™ シリーズ製品リスト
品名 | 製品コード | 用途 |
---|---|---|
Control detector RNA Switch™ | P-0001 | 検出用コントロール、導入効率の確認 |
CM detector RNA Switch™ | P-0002 | 検出用(心筋細胞) |
iPSC detector RNA Switch™ | P-0003 | 検出用(iPS 細胞) |
CM purifier RNA Switch™ | P-0004 | 選別用(心筋細胞) |
iPSC eliminator RNA Switch™ | P-0006 | 除去用(iPS 細胞) |
puro resistant mRNA™ | P-0007 | ピューロマイシン耐性 |
(2)特長
- 特定の細胞種だけを識別または選別することができる試薬です。第一弾として、心筋細胞用、iPS 細胞用それに関連する製品を販売します。
- セルソーターなどの細胞選別する特殊な装置を使用せず、簡便な操作でトランスフェクション効率の確認や細胞選別などを行うことができます。
- 「RNA スイッチ™」自体は人工の mRNA であるため、細胞への導入により、速やかな遺伝子発現が観察されます。
(3)製品開発の背景
これまでの細胞を選別するための技術では、目的の細胞種を高純度で得るために、細胞表面の抗原を識別する抗体を利用したセルソーターなどの装置により選別しています。しかし、適当な表面抗原が同定されていない細胞種も多く、このような細胞を選別することは容易ではありません。
京都大学の研究グループでは、細胞内の miRNA を検知することで細胞を識別する方法の開発を試みました。細胞内に発現している多数の miRNA の集団のなかから、心筋細胞に特徴的な miRNA を同定し、人工の mRNA(RNA スイッチ™)を用いて、目的の RNA が存在しない時にだけ蛍光タンパク質が光る仕組みを構築しています。このような研究成果を基に、以下の内容を含んだ RNA スイッチ™ 製品の開発を行いました。
- iPS 細胞から分化・誘導した細胞には、未分化状態の細胞も残っており、望まない細胞を形成する可能性があります。その為、分化・誘導後の細胞だけを選別して取得することが課題となります。
- 再生医療の実現に向けては、細胞選別に膨大な時間とコストが掛かることが予想されます。今後の再生医療の発展の為には、より安価で高効率な細胞選別方法が求められています。
おわりに
この RNA スイッチ™ 技術は、細胞内に発現する miRNA の活性化の状態を可視化するツールとして使用できます。そのツールをどのような場面で使用するかで、例えば再生医療の分野では、細胞選別・細胞純化に応用が可能となります。また別の場面では、病態を示す細胞に適用することで、疾患に関連する miRNA 探索をすることも可能であると思われます。
その他では、例えば薬物を添加する前の細胞の状態をレファレンスに取り、薬物添加後の miRNA 発現状態の変化を捉える手法など、毒性評価や有効性評価にも応用可能であり、今後の miRNA 研究への応用範囲は非常に大きいものと期待されます。この RNA スイッチ™ の製品開発を通して、今後も RNA スイッチ™ 技術の応用研究を推進していきたいと考えています。
参考文献
- Miki, K. et al. : Cell Stem Cell, 16, 699 (2015). DOI: 10.1016/j.stem.2015.04.005
- Parr, C. J. et al. : Sci. Rep., 6, 32532 (2016). DOI: 10.1038/srep32532
キーワード
RNA スイッチ™
miRNA を認識する配列とマーカー遺伝子からなる mRNA の構造物を指しています。細胞内の活性型 miRNAを検知して、マーカー遺伝子の発現を制御する人工的な mRNA です。認識する miRNA の存在下で遺伝子発現が抑制される 「OFF スイッチ」と、活性化される 「ON スイッチ」の 2 種類のスイッチが考えられます。
mRNA(メッセンジャー RNA)
遺伝子から読みだされ、タンパク質配列情報と構造を含んだ RNA の配列です。
miRNA(マイクロ RNA)
タンパク質発現の制御を通して、分化、細胞増殖、アポトーシスなど生命現象に深く関与しており、生物にとって必須の因子と考えられています。
RNA
リボ核酸。リボヌクレオチドがホスホジエステル結合で繋がった核酸であり、mRNA を合成するために必要な要素です。