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【連載】ライフサイエンス論文レビュー 「第3回 BDNF-サンプル中の微量mature BDNFをELISAで高感度に検出する論文とそれにまつわる物語-」

本記事は、富士フイルム和光純薬 バイオ製品推進部 木上 椋介 が執筆したものです。

本企画のコンセプトは、当社の製品説明ではなく、当社製品を使用してくださった全世界の研究員や企業の方を検索し、当社製品をどのような部分で使用したのか、その結果によってどのようなエビデンスを構築したのかをあくまで第三者として分析したコラムです。

BDNF (Brain-derived neurotrophic factor、別名:脳由来神経栄養因子) は脳に豊富に存在するタンパク質のひとつで、神経発生やシナプス保護などに関与することが知られている。近年ではうつ病やアルツハイマー病などの様々な疾患への関与からバイオマーカーとしても有用であることが示唆されており、多くの論文で脳抽出物やヒト血清などの生体サンプルでBDNFが測定されている。
BDNFは、前駆体 (pre-proBDNF) として翻訳、その後に小胞体へ輸送され、proBDNFとなり、さらにプロセシングを受けて成熟体 (matureBDNF:mBDNF) にフォルムチェンジされる(図1)1)。 これまでproBDNFは生理的役割を担っていないと考えられていたが、近年proBDNFはmBDNFと異なる生理的役割を持つことが明らかになってきている2)

図1 BDNFのプロセシング

BDNF測定の需要としては、疾患バイオマーカーの検証が挙げられる。従来のBDNF ELISAキットの多くは、脳抽出物やヒト血清、ラット血清などのBDNF濃度が比較的高い生体サンプルが対象であった。しかし、マウス血清やヒト唾液などBDNFが微量とされる生体サンプルでは、従来のBDNF ELISAキットでは検出限界を下回り、BDNFを確実に測定できないという課題があった。また、上述の通りproBDNFとmBDNFは異なる生理的役割を持つため、それぞれを精確に測定することが求められているが、従来のELISAキットの多くはproBDNFとmBDNFの交差性について言及できないため、精神疾患等の解析が思うように進まない現状があった。
上記のような課題を解決するために、当社はMature BDNF ELISAキットワコー、高感度品 (コードNo. 290-85801) を開発した。このキットは、その名の通りサンプル中の微量なMature BDNFを測定することが可能となっている。以下では、当社キットを用いて実際にMature BDNFを測定した論文を紹介する。

One point

図2 霊長類とマウスのBDNF量の違い
文献3)より改変して掲載

そもそもヒト血清内やラット血清内では豊富なBDNFが、何故マウス血清内では極端に少ないのか現在の通説を紹介する。ヒトやラットではBDNF遺伝子が巨核球で発現しており、この巨核球が血小板に蓄えられる。血液凝固の過程で血小板が活性化して脱顆粒されると、血小板内に蓄えられていたBDNFが血清中に放出される。そのため、ヒト、ラットでは血清中のBDNF濃度は血漿中の約10倍高くなるとされている。一方、マウスでは巨核球でBDNFがほとんど発現しておらず、血液中のBDNF量が極端に低くなり検出が困難であるとされている(図2)3)

Wantら4)は、マウス血清中のBDNF濃度が、霊長類における血清中BDNF量よりも3桁低い値であったと報告している。血清中と血漿中ではBDNF濃度が類似しており、マウス血液中のBDNFは血小板由来ではないと考えられるとしている。BDNFの発見者であるBardeは2025年に発表したBDNFに関する総説3)内で、Mature BDNF ELISAキットワコー、高感度品を用いることで"マウスの血液中のBDNFを遥かに高い感度で測定できるようになった"と記述している。

Ikenouchiら5)の論文では、唾液内のmBDNFの測定について報告している。唾液内のBDNF濃度は、マウス血清と同様に低く、従来のELISAキットでは測定が難しいとされていた。また著者らは、"唾液中のBDNFを調べた先行研究のほとんどはproBDNFとmBDNFを区別せず総BDNFに焦点を当てており、唾液中のmBDNFを調べた研究はなかった"と述べている。本論文では、唾液中mBDNFとストレスとの相関を調査し、唾液中mBDNFをストレスバイオマーカーとして利用できるかを検証している。結果としては、先行研究とは異なり、唾液中のmBDNFとストレス値には相関がみられなかったとした。筆者らは、この理由として、ストレス値の測定に比較的簡素なK6スコアを使用した点を挙げている。また、本検証では参加者の心理的苦痛の値が低く、唾液中のmBDNFにそもそも変化がなかったことが理由であるとした。なお、先行研究と同様に唾液と血漿に含まれるmBDNF間にも、相関は見られない結果となった。これは、唾液および血漿のBDNFは分泌される細胞が異なることに起因していると締めくくっている。本論文において、唾液中のmBDNFの測定は、一貫して成功したとされており、今後、唾液中mBDNFのバイオマーカー利用に関する研究が進むことが期待できる。
※K6スコア:心理的ストレスなどの精神的問題の重症度を示す指標として用いられる、6つの質問から構成される質問票

Nakajimaら6)は、 認知障害と抑うつを併発するとされるSAMP10系統モデルマウス (老化促進モデル) はコントロール系統に比べて有意に血清BDNFレベルが低いと報告している。このモデルマウスでは、海馬でのBDNF mRNAがコントロール系統と比較して低い傾向を示したことから、脳内のBDNF発現量が血清中BDNFに影響している可能性を示唆している。さらに、このSAMP10系統マウスの血清BDNFの低下は、生後1~2か月齢では観察されず、4か月齢以降で有意差が認められたことから、加齢加速 (老化) によるものであると結論づけている。
さらに、Nakajimaらは、同モデルにおける補中益気湯投与におけるBDNF上昇効果について調査している。補中益気湯は柑橘類の果皮である陳皮などが配合されている漢方の一種であり、補中益気湯は腎腺がん細胞株 (BDNFを産生することが確認されている細胞株) のBDNFレベルを上昇させるという報告がある7)。モデルマウスを用いた補中益気湯の投与はコントロールマウスに比べて海馬のBDNF mRNAを有意に増加させ、血清BDNFも有意差はなかったものの、わずかに増加させる傾向にあった。
上記の通り、微量に存在する血清BDNFを測定できることの有用性は、生体サンプルの経時的なBDNF量の変化を測定できることにある。今後、モデルマウスを用いた神経変性疾患などの病態進行に伴う血清BDNFの変動や、BDNFを上昇させるとされる化合物などの検証にMature BDNF ELISAキットワコー、高感度品が有効活用されることが期待される。

参考文献

  1. Lessmann, V. and Brigadski, T.: Neurosci. Res., 65(1), 11(2009).
    Mechanisms, locations, and kinetics of synaptic BDNF secretion: an update
  2. Barker P. A.: Nat. Neurosci., 12(2), 105(2009).
    Whither proBDNF?
  3. Barde Y.: Physiol. Sci. Rep., 105(4), 2073(2025).
    The physiopathology of brain-derived neurotrophic factor
  4. Want, A., Morgan, J. E. and Barde, Y. A.: Sci. Rep., 13(1), 7740(2023).
    Brain-derived neurotrophic factor measurements in mouse serum and plasma using a sensitive and specific enzyme-linked immunosorbent assay
  5. Ikenouchi, A. et al.: Brain Behav., 13(12), e3278(2023).
    Association between salivary mature brain‐derived neurotrophic factor and psychological distress in healthcare workers
  6. Nakajima, K., Idegami, A. and Oiso, S.: J. Oleo Sci., 74(4), 429(2025).
    Preventive effects of Hochuekkito on decline in brain-derived neurotrophic factor serum levels in senescence-accelerated mouse prone 10
  7. Nakajima, K., Okubo, S. and; Oiso, S.: Acta Neurobiol. Exp., 81(4), 393(2021).
    Identification of traditional Japanese Kampo medicines and crude drugs that upregulate brain‑derived neurotrophic factor in human peripheral cells

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