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【テクニカルレポート】膨張顕微鏡法(Expansion Microscopy:ExM)技術を用いた実験と今後の可能性

本記事は、和光純薬時報 Vol.94 No.4(2026年10月号)において、
株式会社同仁化学研究所 試薬部 濵砂 柊人 様に執筆いただいたものです。

1. はじめに

細胞内には、ミトコンドリアや小胞体、ゴルジ体など複数のオルガネラが存在しており、それぞれが特有の構造と機能を有している。これらオルガネラの微細構造を解析することは、細胞機能の理解や疾患メカニズムの解明において重要である。細胞内構造を高解像度に観察する手法として、電子顕微鏡や超解像顕微鏡が広く利用されている。しかし、これらの装置は高価であり、観察や解析には専門的な知識・技術を必要とするため、全ての研究者が容易に利用できるわけではない。一方、一般的な可視光を用いた蛍光顕微鏡では、アッベの回折限界により空間分解能はおよそ200-250 nm程度に制限されている。そのため、ミトコンドリアクリステ構造や膜間構造など、サブオルガネラレベルの微細構造を詳細に観察することは困難であり、より高い空間分解能を実現する技術の開発が求められてきた。

2. Expansion Microscopyの開発

2015年、Edward Boydenらのグループは、試料そのものを物理的に膨張させることで、光学顕微鏡の回折限界を超えた観察を可能とするExpansion Microscopy(ExM:膨張顕微鏡法)を報告した1)。

ExMでは、観察対象となる試料を高吸水性ゲル内に固定し、ゲルを吸水膨潤させることで試料を等方的に拡大する。この物理的拡大により、本来は回折限界以下に存在していた構造同士の距離が広がるため、通常の蛍光顕微鏡でも高解像度観察が可能となる。

観察対象となるタンパク質や蛍光分子は、アンカー分子を介してゲル骨格へ共有結合的に固定される。その後、タンパク質分解酵素処理によって試料内部を均一化し、等方的な膨張を行うことで、元の空間配置を可能な限り保持したまま試料全体を拡大することができる。

ExMは、既存の蛍光顕微鏡を用いて高解像度観察を実現できる点が大きな特徴であり、近年では細胞内オルガネラや神経組織など幅広い分野で応用が進んでいる。

しかしながら、現在では多くの研究グループから様々なExMが報告されているものの、標準化されたプロトコルは確立されていない。そこで、我々は、Suzukiらが開発した技術2)を基に、より再現性が高く、簡便に実施可能なExMの確立を目指してキット開発を行った。

3. Three-Dimensional Expansion Microscopy Kit (4x 3D-ExM)

本キットには、ExMに必要な試薬と安定したゲル形成を目的とした専用モールドを同梱しており、再現性の高いゲルを簡便に作製することが可能である。また、従来のExMでは、高温条件や脱気工程を必要とする場合があるが、本手法ではそのような特殊な工程は不要である。

本キットを用いてゲル膨張を行い、まずゲル全体の膨張倍率を評価した。その結果、ゲルの膨張倍率は直径比から約4倍であり、高さ方向においても同様の膨張傾向が確認された(図1)。続いて、細胞核をDAPI染色し、膨張後の核構造を観察した。膨張後は体積増加に伴い蛍光シグナルが希釈されるため、撮像条件を調整した上で観察を行った。その結果、XY方向だけでなくZ方向においても膨張が認められ、ゲルの三次元的な膨張が確認された(図2)。以上より、ゲルの膨張に伴って細胞構造も同様に拡大されていることが確認された。

図1.本キットを用いたゲルの膨張

図1.本キットを用いたゲルの膨張

図2. 本キットを用いた核の蛍光イメージング

図2.本キットを用いた核の蛍光イメージング

検出条件:共焦点レーザー顕微鏡、DAPI
(Ex/Em=405/420-480 nm)

4. Expansion Microscopyの活用

前述の通り、従来の蛍光顕微鏡では分離が困難なミトコンドリア外膜および内膜構造を対象に、HeLa細胞を用いてExM観察を行った。外膜はTOM20(緑)、内膜はCOX Ⅳ(赤)により検出し、さらにCCCP、Antimycin、Oligomycin処理による構造変化も評価した。

1) ミトコンドリアの外膜と内膜の分離観察

ミトコンドリアの外膜(緑)と内膜(赤)は、膨張前は重なって観察されたが、膨張後には空間的に分離して観察された(図3)。これにより、ExMを用いることで、超解像顕微鏡を用いることなく、膨張前には重なって観察された蛍光シグナルを空間的に分離して観察可能であることが示された。

図3.ExMを用いたミトコンドリアの構造変化の蛍光イメージング

図3.ExMを用いたミトコンドリアの構造変化の蛍光イメージング

〈薬剤処理条件〉CCCP、Antimycin、Oligomycinはいずれも10 μmol/L、30 min処理

〈検出条件〉共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss LSM800)、63× Oil objective

TOM20(緑):Ex/Em=488/500-550 nm
COX Ⅳ(赤):Ex/Em=561/580-620 nm

2) 薬剤処理によるミトコンドリア構造変化の観察

ミトコンドリア機能に影響を与える薬剤処理を行い、ExMによりミトコンドリア外膜(緑)および内膜(赤)を観察した。その結果、薬剤の違いに応じたミトコンドリアの形態変化を捉えることができた(図3)。脱共役剤であるCCCP処理では、外膜シグナルからミトコンドリアの断片化が確認され、膨張処理後にはその構造変化がより明瞭に観察された。また、内膜シグナルでは、部分的な低下や不連続化といった欠落様変化が認められた。電子伝達系阻害剤であるAntimycin処理では、外膜シグナルにおいてミトコンドリア構造の乱れが観察され、内膜シグナルでは不均一化や局在の乱れに加え、一部で欠落様変化が確認された。一方、ミトコンドリアATP合成を阻害するOligomycin処理では、外膜シグナルからミトコンドリアの形態変化が認められた一方で、内膜シグナルは比較的保持されており、局所的な分布変化として観察された。これらの結果から、ExMを用いることで、薬剤処理に伴うミトコンドリア外膜および内膜の構造変化を個別に評価でき、従来の共焦点顕微鏡観察では分離が困難であったミトコンドリア内外膜構造をより詳細に可視化できることが確認された。

5. Expansion Microscopyの今後の展開

ExMを用いることで、これまで従来の蛍光顕微鏡観察では困難であった微細構造観察の限界を拡張することが可能である。蛍光顕微鏡の性能にも依存するが、約4倍膨張を行うことで、実効的な空間分解能として数十nmスケールでの構造観察が可能となる。また、超解像顕微鏡とExMを組み合わせた報告もされており、今後はオルガネラ微細構造解析へのさらなる応用が期待される。

〔参考文献〕

  1. Chen, F. et al. : Science, 347, 543 (2015).
  2. Xu, Y. et al. : J Cell Biol, 224, e202407116 (2025).

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