双性イオンモノマー

双性イオンモノマーはカチオン部位とアニオン部位を同一分子内に有しているモノマーです。双性イオンモノマーには、主にホスホベタイン、スルホベタイン、カルボキシベタインが知られており、それぞれのモノマーから得られるポリマーは高い親水性を示し、PEGに匹敵するタンパク質の非特異吸着制御能があることが知られています。そのため、これらのポリマーは、ステントやカテーテルなどの医療機器、ハイドロゲル、ドラッグデリバリーシステムなどに応用されています。

双性イオンポリマーについて

生体に直接接触させて利用する医療器具や、細胞・組織培養などを対象としたバイオ関連器具には、安全性、安定性、あるいは生体成分に影響を与えないという観点から生体適合性ポリマーが必要不可欠であり、現在も活発に研究が進められています1,) 2)。生体適合性ポリマーとしては主に水溶性高分子が用いられており、ポリビニルピロリドン、ポリオキサゾリン、ポリ(N-アクリロイルモルホリン)、およびポリエチレングリコール(PEG)が知られています。これらの水溶性高分子に共通する性質は、非イオン性かつ親水性であることです。生体適合性ポリマーにはタンパク質の非特異的な吸着を抑制することが重要であり、相互作用(疎水性、電荷、双極性)が強い物性を有してはいけません。一方、水溶性である以上、水に対する水素結合点は必要になります。Whitesidesは、水素結合のアクセプターをもつ分子の方がドナーをもつ分子よりも非特異吸着が起こりにくいと報告しています。PEGは親水部として水素結合性ドナーの酸素原子だけをもち、疎水性も低いため、その化学構造からもタンパク質が吸着しにくいことがわかります。また、水溶性高分子は、高次構造を形成するタンパク質や核酸に比べると、構造を作らずに屈曲性が高いことも、タンパク質による認識・吸着が起こりにくいことに寄与しています。特にPEGは、主鎖にエーテル結合をもつため、すべての水溶性高分子の中で最も屈曲性が高いことが知られています。

カチオン部位とアニオン部位を同一分子内に有している双性イオンポリマーは、PEGに匹敵するタンパク質の非特異吸着抑制能があることが知られています。ポリマーを構成する双性イオンとしては、スルホベタイン、カルボベタイン、ホスホベタイン、ジメチルアミンオキシド、ジメチルスルホニオプロピオネートが報告されています(表1)。双性イオンは生体内にも多く存在し、例えばホスホベタインはリン脂質のヘッドグループとして採用されており、カルボキシベタインは浸透圧調整物質(オスモライト)として細胞内に存在します。

表1. 主な双性イオンとその構造式
双性イオン 構造式
スルホベタイン スルホベタイン
カルボキシベタイン カルボキシベタイン
ホスホベタイン
(ホスホリルコリン)
ホスホベタイン (ホスホリルコリン)
ジメチルアミンオキシド
(DMAO)
ジメチルアミンオキシド (DMAO)
ジメチルスルホニオ
プロピオネート
ジメチルスルホニオ プロピオネート

双性イオンポリマーの代表例として、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)を一成分とするポリマーが挙げられます(図1)3)。MPCポリマーの製造は1999年から工業プラントで開始されました。現在のMPCの純度は医療グレードとして極めて高く、得られるMPCポリマーの安全性も担保され米国食品医薬品局(FDA)のMaster Access Fileに登録されています。MPCポリマーは、国外でコンタクトレンズ、カテーテル、人工肺(ECMO)、血管内ステントなどの表面処理に利用され、25年以上の臨床使用実績があります。また、国内においても、2005年に治験、2011年に臨床使用が開始された体内埋め込み型人工心臓(EVAHEART®)の表面処理材として利用されています。

MPCポリマーの構造式

図1. MPCポリマーの構造式

双性イオンは分子内や分子間でイオン対相互作用が働くことで中性となり、タンパク質との静電相互作用が起きにくくなります。生体由来の双性イオンでは、アニオン部としてカルボン酸かりん酸が、カチオン部として4級アンモニウムが採用されています。4級アンモニウムは、正電荷をもつ窒素原子がメチル基などで被覆されているため、強い水素結合が起こりにくくなります。これがタンパク質の非特異吸着抑制に効いていると考えられます。双性イオンのアニオン部とカチオン部をスペーサー長もタンパク質吸着の抑制に重要です。短いほどイオン対相互作用が強まり、電荷が相殺されることで、これに対する水和が不安定となります。Jiangらは、スペーサー長の異なるポリカルボキシベタイン(PCB)ポリマー(図2)に対するタンパク質の吸着を調査し、スペーサーの炭素鎖mが2個以下と短いときに、タンパク質吸着がより強く抑制されました4)

PCBポリマーの構造式

図2. PCBポリマーの構造式

<参考文献>

  1. 石橋 賢汰、森 健 : バイオマテリアル-生体材料, 40 (3), 230 (2022).
  2. Erfani, A., Seaberg, J., Aichele, C. P., Ramsey, J. D. : Biomacromolecules, 21, 2557 (2020).
  3. 石原 一彦 : 高分子, 69 (7), 344 (2020).
  4. Zhang, Z., Vaisocherová, H., Cheng, G., Yang, W., Xue, H., Jiang, S. : Biomacromolecules, 9, 2686 (2008).

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ホスホベタインモノマー

規格:有機合成用

スルホベタインモノマー

規格:有機合成用
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