有機銅アート試薬

一価銅と二等量の有機リチウム剤から調製される有機銅アート試薬(organocuprate)[R2CuLi]は求核性が高く、α,β-不飽和カルボニル化合物に対して1,4-付加反応、またはsp3炭素上での置換反応が速やかに進行します。

塩基性が低く、脱プロトン化などの副反応を起こしにくい特長があります。有機リチウム剤単独では1,2-付加が優先するため、これと相補的に用いることができます。

反応性がきわめて高く、立体的に混みあった炭素原子にも反応させることができます。TMSClなどのハードルイス酸を加えることにより1,4-付加反応が加速されます。

有機金属剤としてはリチウム剤以外にもグリニャール試薬、有機亜鉛試薬も用いることができ、特に後二つの場合には、銅を触媒量に減ずることも可能です。

二当量の有機リチウム剤が反応には必須であるが、実際に付加するのは一当量分だけで、一当量分は無駄になります。転位しにくい配位子(ダミーリガンド)を導入したヘテロ有機銅アート試薬 (mixed organocuprate)[R(X)CuLi](X = alkenyl, -CN, -SR',-NR'2, PR'2 etc.)にすることで、貴重な反応剤を効率よく用いることができます。

近年では触媒量の銅-キラルホスフィン錯体を用いる、不斉1,4-付加反応の開発が進んでいます。

本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しています。
Chem-Stationについて

反応機構

有機クプレートの構造は溶媒によって様々に異なるとされています。速度論実験などの結果から、二量体[R2CuLi]2が反応に関与するモデルが提唱されています。

近年、中村らによって、計算化学手法を用いる詳細な反応機構研究が報告されています(参考: Angew. Chem. Int. Ed., 39, 3750(2000). 有機合成化学協会誌, 61, 144(2003).)。

1,4-付加においては、dCu*C=C錯形成から電子豊富Cu(I)の酸化的付加を経て、Cu(III)中間体が生じます。近年、Cu(III)中間体の構造が分光分析および計算手法により推定されました(参考:J. Am. Chem. Soc., 129, 7208(2007); J. Am. Chem. Soc., 129, 7210(2007).)。 引き続き還元的脱離を経て金属エノラートを与えるが、この一連の過程が律速段階とされています。

「ダミーリガンドは銅と強く結合するため転移しない」という考えが通説でありました。近年、リチウムとのカチオン-π相互作用によりダミーリガンドが転移不可能な方向に固定される、とする新説が中村らの計算によって提唱されています。

置換反応においても、銅(III)中間体を経由する機構が、実験・計算両面から支持されています。

反応例

環状不飽和ケトンの場合、置換基の立体の影響をうけ、立体選択的に反応が進みます。d-π*錯形成が高い立体選択性のカギとなっています。

1,4-付加後生じる金属エノラートは活性であり、さらに求電子剤を加えることでOne-Potで三成分連結型反応が行えます。下図はこれをプロスタグランジン合成に応用した例です1)

CuCNを銅ソースとして用いて調製した[R2Cu(CN)Li2]は、とくにhigher order cuprate(Lipshutz cuprate)と呼ばれ、通常のクプラートに比して高い反応性・異なる化学選択性を示します。

アルケニルハライド・トリフラートとはsp2炭素上にもかかわらず置換(クロスカップリング)反応を起こします。

TMSClやBF3などのルイス酸を共存させておくと、混み合った位置にも共役付加が行えます。2) 中間体のエノラートは位置選択的に生じます。

実験手順

エポキシド(3.50 g, 40.6 mmol)のTHF溶液(30 mL)に、CuCN(364 mg, 3.65 mmol)を加える。-78 ℃に冷却、撹拌しながら臭化ビニルマグネシウム(1M in THF, 52.8 mL, 52.8 mmol)を45分かけて滴下する。反応混合物を0℃に昇温し、飽和塩化アンモニウム水溶液(20 mL)を加える。有機相を分離し、水相をエーテルで3回抽出する。有機相をまとめて飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥する。濾過後、減圧濃縮し、得られた粗生成物をカラムクロマトグラフィ(エーテル/ペンタン=1/3)で精製する。溶媒を除去すると目的物が淡黄色液体として得られる(4.41 g, 収率95 %)。2)

実験のコツ・テクニック

有機銅アート試薬は熱的に不安定であり、昇温するとアルキル基のホモカップリングなどを経て、速やかに分解します。保存は不可能であり、用時調製する必要があります。



参考文献
  1. Suzuki, M., Yanagisawa, A. and Noyori, R.: J. Am. Chem. Soc., 110, 4718(1988). DOI: 10.1021/ja00222a033
  2. (a) Yamamoto, Y.: Angew. Chem. Int. Ed., 25, 947(1986). (b) Lipshutz, B. H., Ellsworth, E. L. and Siahaan, T. J.: Am. Chem. Soc., 111, 1351(1989).
  3. Holub, N., Neidhorfer, J. and Blechert, S.: Org. Lett., 7, 1227(2005).

基本文献

  • Modern Organocopper Chemistry, Krause, N. Ed.; Wiley-VCH; 2002.
  • Posner, G. H.: Org. React., 19, 1(1972).
  • Posner, G. H.: Org. React., 22, 253(1975).

製品一覧

  • 項目をすべて開く
  • 項目をすべて閉じる

  • 掲載内容は本記事掲載時点の情報です。仕様変更などにより製品内容と実際のイメージが異なる場合があります。
  • 掲載されている製品について
    【試薬】
    試験・研究の目的のみに使用されるものであり、「医薬品」、「食品」、「家庭用品」などとしては使用できません。
    試験研究用以外にご使用された場合、いかなる保証も致しかねます。試験研究用以外の用途や原料にご使用希望の場合、弊社営業部門にお問合せください。
    【医薬品原料】
    製造専用医薬品及び医薬品添加物などを医薬品等の製造原料として製造業者向けに販売しています。製造専用医薬品(製品名に製造専用の表示があるもの)のご購入には、確認書が必要です。
  • 表示している希望納入価格は「本体価格のみ」で消費税等は含まれておりません。
  • 表示している希望納入価格は本記事掲載時点の価格です。