有機けい素化合物

有機けい素化合物は、構造と使用用途によってシリル化剤とシランカップリング剤の2つに分けることができます。シリル化剤は、有機物質や無機物質にけい素残基を導入する反応剤であり、種類としてはクロロシラン類、シリルアミン類、シリルアミド類などがあります。一方、シランカップリング剤は、分子中に2種類以上の官能基を有するけい素化合物であり、有機材料と無機材料の界面の接着、樹脂改質に使用されます。

シリル化剤について

有機物質や無機物質にシリル基を導入する反応を一般的にシリル化と呼び、その反応剤をシリル化剤といいます。具体的には、図1に示す反応例のように有機あるいは無機物質の活性水素をシリル基で置換する反応であり、有機合成、医薬品合成、エレクトロニクス、分析などの分野で幅広く用いられています。

図1

シリル化反応および、その反応で得られるシリル化体には以下のような特長があります。
①シリル化剤の反応性が高いため、シリル化反応は進行しやすい。
②シリル基が外しやすい。
③シリル化体の有機溶媒(特に非極性溶媒)への溶解性が増す。
④シリル化体の耐熱性が増す。
⑤シリル化体の揮発性が増す。
⑥シリル基は活性水素の保護基となる。
⑦シリル基上のアルキル基の嵩高さを調整することによって、外しやすさや反応部位の制御が可能。

活性水素の反応性は、一般に下記の順とされていますが、シリル化剤の種類、反応溶媒、触媒(一般には塩基)の種類や量によってその順序は大きく変わります。

シリル化体は、水と反応し容易に加水分解され、もとの活性水素を有する化合物に戻ります。この加水分解に対する安定性は下記の順です(ここで、TMS = Me3Si)。しかし、安定性の高いTMSエーテルでもHCl/MeOHによって容易に活性水素に戻ります。

シリル化体の耐加水分解性を向上させるには、嵩高いt-BuMe2Si、t-BuPh2Si、PhCMe2-Me2Si、PhMe2Si基が適しています。例えば、水酸基の保護基としてはt-BuMe2Si基がMe3Si基よりもはるかに安定で、LAH還元、Witting反応、Jones酸化、Grignard反応、アルカリ水溶液にも耐えます。脱シリル化には、n-Bu4NCl/KF、BF3-Et2O/CHCl3、AcOH/H2Oなどが用いられます。

各種シリル化剤について

シリル化剤は、シリル化反応の副生成物の種類によって、酸性物質が生成するクロロシラン類、塩基性物質が生成するシリルアミン類、中性物質が生成するシリルアミド類に分類され、それぞれに特長があります。

1. クロロシラン類

クロロシラン類の反応では、副生成物として塩酸が発生します。一般には、生成する塩酸を補足するためやや過剰の第三級アミン(トリエチルアミン、N,N-ジメチルアニリン、ピリジンなど)やアルカリハライドなどの塩基存在下でクロロシラン類を反応させます(式1)。

この方法の欠点は副生する塩の除去が必要であること、腐食性をもつクロロシランを使うことです。クロロシラン類の中では、クロロトリメチルシラン、t-ブチルジメチルクロロシラン、クロロトリフェニルシランがよく用いられています。

2. シリルアミン類

シリルアミン類の反応では、副生成物は塩基性のアミンで、クロロシラン類のような塩の生成はありません(式2)。

主なシリルアミン類とその特長は以下の通りです。

シリルアミン類 構造 特長
ヘキサメチルジシラザン (略称: HMDS) アルコール、アミン、カルボン酸と直接反応します。触媒として塩化アンモニウムを併用すると、反応が促進されます。
トリメチルシリルジメチルアミン (略称: TMSDMA) アミノ酸塩酸塩のシリル化に適しています。
トリメチルシリルジエチルアミン (略称: TMSDEA) 低温でエカトリアルOH基やプロスタグランジンFの11-OH基と容易に反応します。
トリメチルシリルイミダゾール (略称: TMSI) 立体障害のある水酸基と反応し、アミノ基とは反応しないという特長をもち、炭化水素の水酸基をシリル化するのに適しています。

3. シリルアミド類

シリルアミド類の反応では副生成物は中性のアミドで、これは沈殿物となるため除去が容易です。少量のクロロトリメチルシランを添加すると反応が加速されます(式3)。

代表的なものは、N, O-ビス(トリメチルシリル)アセトアミドでアミノ酸のシリル化に適した強力なシリル化剤です。さらに、反応性の高いシリル化剤としてはN, O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド、N-メチル-N-トリメチルシリルトリフルオロアセトアミドがあります。シリルアミド結合は極めて加水分解されやすいので、このタイプのシリル化剤を用いる場合は湿気に注意する必要があります。

4. シリルトリフラート類

シリルトリフラート類は、クロロシランと同様に活性水素と反応してシリル化体を与え、副生成物として強酸が発生しますが、クロロシランより反応性が高いためクロロシランに替わるシリル化剤としてよく用いられています。特に、シリルトリフラート類は第三級アルコールのような立体的に込み入った活性水素のシリル化に有効です(図2)1)

図2

またシリルトリフラート類はシリル化剤としてだけではなく、触媒としても働くことが知られています。例えば、アルデヒド・ケトン類は、化学量論量のアルキルトリメチルシリルエーテルとトリメチルシリルトリフラートの存在下で容易に反応し、対応するアセタールを高収率で与えます(図3)2)。典型的なα, β-不飽和ケトンである2-シクロへキセノンの反応では二重結合の移動を伴わないでアセタールを与え、3-シクロへキセノンについても同様の傾向が見られ、通常の酸触媒による方法と比較して特長的であると言えます。さらに、副生するジシロキサン(TMSOTMS)が安定で反応性に乏しいため、逆反応は起こらず、速度論的支配下で保護が行えます。

図3

<参考資料>

信越化学工業株式会社珪素化合物試薬、P.76 (2017).

<参考文献>

1) Corey, E. J., Cho, H., Rucker, C., Hua, D. H. : Tetrahedron Lett., 22, 3455 (1981). 2) Tsunoda, S., Suzuki, M. and Noyori, R. : Tetrahedron Lett., 21, 1357 (1980).

シリル化剤の用途

シリル化剤の主な用途例を紹介します。

1. 天然物などの合成の際の官能基保護

複数の官能基を持つ医薬品・天然物を合成するとき、ある官能基のみを選択的に反応させたい場合にシリル化剤による官能基保護がよく用いられます。シリル化剤の保護についての詳細は、下記の弊社HPをご参考ください。
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/category/00098.html

2. 医薬の改質

シリル化剤は、化合物の溶解性、揮発性などを変化させることができます。このことを利用することによって、医薬の改質が可能です。例えば、クロラムフェニコールはグラム陽性、グラム陰性のマイコプラズマ、リケッチアなどのに有効な殺菌剤ですが、非常に苦いため経口投与できず、薬効に疑問がもたれていました。シリル化されたクロラムフェニコールは、苦みがなくなり油溶性になるため、植物油に溶かして経口投与することが可能になりました(図4)1)

図4

3. ガスクロマトグラフィー分析用

ガスクロマトグラフィーでは、気体や気化可能な試料を分析できます。多くの化合物はそのままで測定できますが、難揮発性化合物や、熱により分解してしまうような不安定な化合物は、そのままでは測定できません。それらの化合物は、誘導体化試薬と反応させ、揮発性、熱安定性に富んだ誘導体に変えることによって、ガスクロマトグラフ分析が可能になります。その誘導体化としてよく用いられる方法がシリル化であり、特にトリメチルシリル化がよく用いられています。例えば、アミノ酸の一種であるトリプトファンは、ほとんどの有機溶媒に溶けず難揮発性であるため、ガスクロマトグラフィーでの分析は不可能です。しかし、シリル化剤としてN, O-ビス(トリメチルシリル)アセトアミドを用いてトリプトファンをシリル化することによって、ベンゼンに可溶になり、ガスクロマトグラフィーでの分析が可能になります(図5)

図5

ガスクロマトグラフィー分析用のシリル化剤については、下記の弊社HPをご参考ください。
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/category/00987.html

<参考資料>

信越化学工業株式会社珪素化合物試薬、P.78 (2017).

<参考文献>

1) Houtman, R. L.: US3442926 (1969).

シランカップリング剤について

シランカップリング剤は下記に示す構造を有する化合物であり、1分子中に無機質と反応する加水分解性基と有機質と反応する有機官能基を有することを特長としています。

 X: 各種合成樹脂などの有機質材料と化学結合する有機官能基
 例) ビニル基、エポキシ基、アミノ基、メタクリル基メルカプト基など

OR: ガラス、金属などの無機質材料と化学結合する加水分解性基
例) メトキシ基、エトキシ基など

シランカップリング剤のメカニズムを説明します(図6)。シランカップリング剤のアルコキシシリル基(Si-OR)が水により加水分解され、シラノール基になります。このシラノール基と無機質表面との縮合反応により、Si-O-M結合を形成します。一方、反応基Xは有機質と結合あるいは相溶化し、結果的に無機質と有機質を化学的に結合させることができます。

図6

シランカップリング剤の主な用途は、無機質と有機質両方への反応性を利用した無機質ー有機質の界面の接着改良、および材料の改質になります。用途例とその主な効果をまとめると、以下のようになります。

分類 用途例 主な効果
有機材料と無機材料の界面の接着 ガラス繊維の処理 FRP (繊維強化樹脂)、FRTP、積層板、断熱マット 複合材料の機械的強度、耐水性、耐熱性の改良
無機材料、金属材料の表面処理 処理フィラー、プライマー
フィラー配合系への添加 レジンコンクリート、コーテッドサンド、樹脂封止剤、砥石、ブレーキシュー、人造大理石、ゴム、プラスチックマグネット
塗料、接着剤、シーリング材 接着性の改良
樹脂改質 水架橋ポリエチレン、架橋アクリル、ポリエーテル系変性シーラント 機械的強度、接着性、耐候性の改良

<主なシランカップリング剤の物性値>

化合物名 構造式 分子量 比重 (25℃) 屈折率 (25℃) 引火点(℃) 沸点 (℃)
3-グリシジルオキシプロピルトリメトキシシラン 236.3 1.07 1.427 149 290
メタクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピル 248.4 1.04 1.429 125 255
3-アミノプロピルトリエトキシシラン 221.4 0.94 1.420 98 217
(3-メルカプトプロピル)トリメトキシシラン 196.4 1.06 1.440 107 219

<参考資料>

信越化学工業株式会社珪素化合物試薬、P.82 (2017).

製品一覧

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クロロシラン

シリルアミン

シリルアミド

シリルトリフラート

シランカップリング剤

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