光ラジカル重合開始剤
光ラジカル重合開始剤は、光を吸収してラジカルを発生させ重合を進行させる反応剤です。本重合反応は、主に紫外線(UV)を使うことからUV硬化技術と呼ばれており、生産性の向上やVOC物質の抑制などに対して有効な技術として注目されています。
ここでは、光ラジカル重合開始剤としてご利用いただける化合物をご紹介しています。代表的なものにベンゾフェノン系、チオキサントン系、アセトフェノン系、アシルホスフィン系の化合物があります。
UV硬化技術について
UV硬化技術はフォーミュレーション(開始剤、オリゴマー、モノマーなどの配合物)を基板の表面に塗布し、光を照射して硬化させる技術であり、表面加工技術として利用されています。主な用途としては、プリント配線板用レジスト(例えば、ドライフィルムレジスト、液状ソルダーレジスト、ビルトアップ基板用層間絶縁材)、半導体用レジスト、液晶ディスプレイ用レジストが挙げられます。
熱によるラジカル重合は、主にアゾ化合物がラジカル発生剤として用いられ、基板に塗布したフォーミュレーションを加熱してラジカルを発生させ重合反応を進行させます(図1)。本反応には、①硬化、乾燥に時間がかかる、②加熱することに伴う溶剤のVOC物質の拡散、③熱で分解するモノマーの重合に使用できないという欠点があります。一方、光によるラジカル重合は使用する溶剤を抑えることができ、短時間で重合が進行することから、VOC物質の使用抑制につながり、熱が発生しないことから、熱に弱いモノマーも使用できます(図1)。
図1. 熱ラジカル重合と光ラジカル重合の違い
UVによる光ラジカル重合開始剤の活性化には以下のような3通りの機構が考えられます(図2)。まずUV硬化組成物中の光ラジカル重合開始剤が高圧水銀ランプやメタルハライドランプ等から与えられた光を吸収して励起状態になります。それから
①その物自体が光開裂して2つのラジカルを生成。
②他の分子から水素を引き抜いてラジカルを生成。
③電子移動によりイオンラジカルを生成し、続くフラグメンテーションによりラジカルを生成。
など3つの機構を経て、活性なラジカル種を生成します。
図2. 光ラジカル重合開始剤の活性化機構
光ラジカル重合開始剤の種類
光ラジカル重合開始剤は光を吸収した後の反応の仕方により、分子内開裂によりラジカルを発生するタイプ(分子内開裂型)と2分子間で水素や電子をやり取りしてラジカルを発生するタイプ(水素引き抜き型および電子供与型)の2種に分類できます。
1.分子内開裂型
(1) ベンゾイン誘導体
このタイプの化合物は、アクリルモノマーの効率的重合および安価な光ラジカル重合開始剤として古くから知られています(図3)。しかし、フォーミュレーション中で不安定であること、硬化した樹脂が黄変しやすいという欠点があります。この欠点の要因は、α位の水素に起因していると考えられています。
図3. ベンゾイン誘導体
(2) ベンジルケタール
木工用塗料や版材用途、ドライフィルムなどの光ラジカル重合開始剤として広く利用されています。上市されている中で最もよく使われているのは、2,2-ジメトキシ-2-フェニルアセトフェノンです。本開始剤の特長は、①優れた熱安定性、②効率の良い光開裂反応、③活性の高いメチルラジカルを生成することが挙げられます。一方、欠点として硬化後の黄変が挙げられます。この原因として、膜中に残存している開始剤がゆっくりと太陽光などで開裂、異性化により長波長に吸収のある化合物が生成するためと考えられています(図4)。
図4. ベンジルケタールの開裂機構
(3) α-ヒドロキシアセトフェノン
このタイプの光ラジカル重合開始剤は、ベンジルケタールと同様に高い反応性と優れた熱安定性を兼ね備えています(図5)。ベンジルケタールにない特長としては、硬化した樹脂が黄変しにくいことです。したがって、各種クリアコーティング(プラスチックのハードコート、木工用クリアコート、OPニス等)や光ファイバーのコーティングに使用されています。
図5. α-ヒドロキシアセトフェノン
2-ヒドロキシ-4’-(2-ヒドロキシエトキシ)-2-メチルプロピオフェノンは、水溶性の光ラジカル重合開始剤です(図6)。水は、安価で毒性もなく、可燃性がないといったユニークな特長をもつ溶媒です。近年、VOCへの規制強化から水系のフォーミュレーションに注目が集まっています。本化合物の水に対する溶解性は約1.5%であり、これまで水系での光ラジカル重合への応用例が数多く報告されています。
図6. 水溶性光ラジカル重合開始剤
(4) α-アミノアセトフェノン
ベンゾイル基のパラ位にアルキルチオ基やジアルキルアミノ基などの強い電子供与基が置換している構造をもつ光ラジカル重合開始剤です(図7)。この置換基のため吸収ピークが300 nm以上にまでシフトし、限界吸収波長は可視光の領域まで伸びています。また、このタイプの光ラジカル重合開始剤の特長として、チオキサントン(DETXやITX)による3重項増感が可能であることが挙げられます。したがって、さらに長波長領域の露光条件でも使用することができます。
2-メチル-4’-(メチルチオ)-2-モルホリノプロピオフェノンはUVオフセットインキと液状レジストで特によく用いられています。ただし、臭気が発生するため、においに敏感な用途、例えば食品包装用には使用されません。類似の構造を有する2-ベンジル-2-(ジメチルアミノ)-4’-モルホリノブチロフェノンも上市されており、特長としては、300 nm~430 nm付近まで長く伸びた吸収が挙げられます。これにより厚膜での内部硬化性が向上し、ある応用では数cmの厚みのものまで硬化を可能にしています。
図7. α-アミノアセトフェノン
(5) アシルホスフィンオキシド
アシルホスフィンオキシドは長波長に吸収のある光ラジカル重合開始剤です(図8)。この重合開始剤はアクリレート系にも不飽和ポリエステル系にも有用であり、光反応後吸収がなくなるという、フォトブリーチング効果により内部硬化性に優れ、また黄変も起こりにくいという特長を有しています。モノアシルホスフィンオキシド(MAPO)、ビスアシルホスフィンオキシド(BAPO)は400 nmから450 nmに限界吸収波長を有しているため、顔料を含んだ重合において高感度が期待できる重合開始剤となります。
図8. アシルホスフィンオキシド系重合開始剤
2.水素引き抜き型
ベンゾフェノンのようなジアリルケトン類は、開裂しやすいC-C結合をもっていないので、近傍の他の分子と2分子反応をするような寿命の長い3重項状態を有します。実際、様々な水素供与体と反応しカルボニル基は還元されてアルコールとなります。ラジカル発生の経路として、①励起状態のケトンからの水素引き抜き、②電子供与体から励起状態のケトンへの電子移動、それに続く水素引き抜きの2つが考えられています(図9)。
図9. 水素引き抜き型光ラジカル重合開始剤のラジカル発生機構
(1) ベンゾフェノン/アミン
3重項状態のベンゾフェノンはα位に少なくとも1つの水素をもつ2級や3級アミンとエキサイプレックスを作り、電子移動、続いてプロトンの移動によりケチルラジカルとα-アミノアルキルラジカルが生成します(図9参照)。ケチルラジカルはその立体障害により重合を開始するほどの反応性はなく、主に2量化してピナコールタイプの生成物になります。一方、α-アミノアルキルラジカルは効率よくアクリレート等を重合させます。
(2) ミヒラーケトン
4,4’-ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノン(ミヒラーケトン)は、構造からもわかるように分子内にアミノ基をもつので単独で重合を開始でき、365 nmに強い吸収をもつので長波長での使用が可能です(図10)。また、単独で使用するよりベンゾフェノンとの組み合わせで使用することにより非常に効率のいい開始剤となります。例えば、アクリレートを含む系では、ベンゾフェノン単独と比べて14倍も重合速度が速いことがわかっています。
図10. ミヒラーケトン
(3) チオキサントン/アミン
チオキサントンはベンゾフェノンと同じように3級アミンと反応します。吸収極大が380~420 nmにあり、また硬化層の黄変が少ないので、クリアコートや含量を含む系によく使われています。
<参考文献>
大和真樹 : 日本印刷学会誌, 40, 24 (2003).
主な光ラジカル重合開始剤の限界吸収波長
<参考文献>
蒲池幹治 他監修: 「ラジカル重合ハンドブック」, p. 448 ((株)エヌ・ティー・エス) (2010).
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