【テクニカルレポート】pEBMulti ベクターによる簡便な安定発現株の樹立
本記事は、和光純薬時報 Vol.79 No.4(2011年10月号)において、和光純薬工業株式会社 ゲノム研究所 細胞生物センター 福田 雅和、藁科 雅岐が執筆したものです。
はじめに
動物細胞に目的タンパク質を大量に発現させるには安定発現株の樹立が必要です。また in vivo において複数タンパク質が関与する生命現象を解明するためには目的遺伝子の多重導入が必須です。従来の遺伝子導入株の樹立法では、目的遺伝子が宿主細胞のゲノム DNA に偶発的に組込まれた目的とする細胞株を、多大な時間と労力をかけて取得してきました。
pEBMulti ベクターは霊長類(ヒト、サル)、イヌなどの導入細胞内でホストゲノム DNA への取込みなしに、安定的に複製・維持され、目的遺伝子を長期間発現させることが可能な episomal 型タンパク質発現ベクターです。本ベクターの使用により、目的タンパク質を高発現する安定発現株樹立及び複数の遺伝子導入が容易になると共に、遺伝子導入効率の悪い細胞での遺伝子導入株作製も簡便になりました。
ここでは、この度開発した薬物耐性遺伝子の異なる episomal 型タンパク質発現ベクター pEBMulti-Hyg 及び pEBMulti-Neo を紹介します(図 1)。

図1.pEBMultiベクター
ベクター複製、維持機構
導入細胞において pEBMulti ベクターの複製・維持には Epstein-Barr(EB)ウイルスの複製機構を応用しています。EB ウイルス(EBV)は 1964 年に Epstein らにより発見されたヒトガンマヘルペスウイルスであり、EBV ゲノムは感染細胞内で染色体外環状 DNA(エピゾーム)として潜伏感染します。EBV ゲノムは宿主細胞と同調して、1 回の細胞周期あたり 1 回だけ複製され、また細胞分裂時に正確に分配されると考えられています。エピゾームとして細胞核内に安定に維持されるこの機構は、EBV ゲノム上のシス配列である複製起点 oriP と、その領域にトランス因子として結合する Epstein-Barr virus nuclear antigen 1(EBNA1)タンパク質の二つで必要かつ十分であることが示されています1)。EBNA1 タンパク質は oriP を介し、エピゾームと宿主 DNA を結合させます(図 2)。

図2.pEBMultiベクターのプラスミド複製及びタンパク質発現機構
pEBMulti ベクターの特長
pEBMulti ベクターは筑波大学三輪講師及び田中助教により最小化された oriP 配列及び EBNA1 遺伝子配列を含有しており、EBV ゲノムの複製、維持機構を模倣し、導入細胞の複製、細胞分裂を介して娘細胞へ分配されます。原則として導入細胞染色体への組込みは起こらず、染色体損傷に伴う危険性(例えばがん遺伝子の活性化など)は少ないと考えられます2, 3)(図 2)。
また大腸菌と動物細胞を単一の抗生物質により選抜可能なシャトルベクターです。さらに目的遺伝子のプロモーターには転写活性が強くサイレンシングの置きにくい CAG プロモーターを配しているため、目的遺伝子の持続的高発現が期待できます(図 1)。薬物耐性遺伝子の異なる pEBMulti-Hyg 及び pEBMulti-Neo を用いることにより、二重トランスフェクションが可能です。大腸菌におけるプラスミドベクターのように、動物細胞内で安定して存在するため、細胞への遺伝子導入効率が悪くても抗生物質選抜により容易に比較的均一な目的遺伝子保有細胞を濃縮することが可能です。
簡便な安定発現株樹立
pEBMulti-Hyg 及び陰性コントロールとして EBNA1 遺伝子を欠損した非 episomal 型ベクター pEBMulti-ΔEBNA1-Hyg を各々 Vero 細胞(アフリカミドリザル腎臓上皮細胞株)に導入し、導入細胞の hygromycin B 添加後の細胞数の推移を計測しました(図 3)。適当な濃度の抗生物質添加後、pEBMulti-Hyg は細胞数の減少はみられずコンフルエント状態を維持する一方、pEBMulti-ΔEBNA1-Hyg においては細胞数の減少がみられました。

図3.pEBMultiベクター導入細胞の細胞数推移
pEBMulti-Hyg 及び pEBMulti-ΔEBNA1-Hyg をVero細胞の導入後、hygromycin B 選抜 3, 8, 11日目で細胞数を測定した。※細胞によって最適な選択濃度をご検討下さい。
またレポーター遺伝子 RFP を連結した pEBMulti-Hyg-RFP 及び pEBMulti-ΔEBNA1-Hyg-RFP を導入後、抗生物質選抜 8 日目の同一細胞に由来する各細胞懸濁液を比較した結果、pEBMulti-Hyg-RFP 導入細胞において RFP 発現を示す赤色が顕著に濃いことがわかりました(図 4)。

図4.pEBMultiベクター導入細胞の目的タンパク質発現
pEBMulti-Hyg-RFP及びpEBMulti-ΔEBNA1-Hyg-RFPをVero細胞に導入後、hygromycin B選抜8日目の各細胞の懸濁液を比較した。さらに、MDCK 細胞(イヌ腎臓尿細管上皮細胞株)に導入してフローサイトメトリー(FCM)で解析した結果、抗生物質選抜 8 日目において、pEBMulti-Hyg-RFP 導入細胞の 76%が RFP 高発現株であった一方、pEBMulti-ΔEBNA1-Hyg-RFP 導入細胞は 33%が発現細胞でした。また各細胞の平均蛍光強度も pEBMulti-Hyg-RFP 導入細胞は pEBMulti-ΔEBNA1-Hyg-RFP 導入細胞の 2.7 倍でした(図 5)。これらの結果は、pEBMulti-Hyg の導入により、目的遺伝子の高発現細胞を容易に濃縮できることを示しています。

図5.pEBMultiベクター導入細胞における目的タンパク質のFCM解析
pEBMulti-Hyg-RFP及びpEBMulti-ΔEBNA1-Hyg-RFPをMDCK細胞に導入後、hygromycin B(終濃度500 µg / mL※)選抜8日目でRFP陽性細胞のFCM解析を行った。おわりに
近年、染色体損傷を伴わない非組込み型である episomal 型タンパク質発現ベクターは、タンパク質発現実験や複数のタンパク質間の相互作用解析のみならず、再生医療実現に向け注目を集めている人工多能性幹細胞(iPS 細胞)の樹立や特定細胞への分化誘導実験へも応用されています。現在、薬物耐性遺伝子の異なる 3 製品を新たに開発中です。これらを用いることで、複数遺伝子を同時に発現する細胞株の樹立が簡便になり、より複雑な遺伝子発現解析、タンパク質相互作用解析が可能となります。pEBMulti-Hyg や pEBMulti-Neo と併せて、お役立ていただければと思います。
参考文献
- Yates, J. L. et al. : Nature, 313, 812 (1985). DOI: 10.1038/313812a0
- Tanaka, J. et al. : Biochem. Biophys. Res. Commun., 264, 938 (1999). DOI: 10.1006/bbrc.1999.1617
- Shibata, M. et al. : Med. Mol. Morphol., 40, 103 (2007). DOI: 10.1007/s00795-007-0358-7