遺伝子工学用バッファー

遺伝子工学で使用される核酸や酵素の安定性や活性は、pHによる影響を受けます。そのため実験は緩衝作用があるバッファー中で行うことが必要です。また核酸を取り扱うため、バッファーによっては核酸分解酵素(DNaseやRNase)が検出されないことも重要なポイントです。当社ではニッポンジーンの遺伝子工学用バッファーや各種調製済溶液を販売しております。

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遺伝子工学ではなぜTrisバッファーが良く使用されるのか

遺伝子工学実験で利用される化学反応は基本的にpH範囲が中性付近の狭い範囲でしか上手く進まず、しかもこれらの反応の多くはプロトンを発生もしくは消費します。そのため化学反応は緩衝作用のあるバッファー中で行われますが、バッファーにはその他にも以下のような性質が求められます。

・多くの化合物や酵素に対して不活性であること
・極性が高いこと
・毒性がなく、安全であること
・安価で購入しやすいこと
・塩や温度に影響をうけないこと
・可視光や紫外光を吸収しないこと

上記の条件をすべて満たす理想的なバッファーはなく、ほう酸、重炭酸塩、りん酸、アンモニウム塩などの無機塩類をベースとしたバッファーが使用されていましたが、使用できる反応系が限られており汎用性に欠けていました。

Gomoriは1946年に有機アミンがpHを6.5-9.7の範囲でコントロールできることを報告しました。そのなかにTris (Tris(hydroxymethyl)aminomethaneあるいは2-Amino-2-hydroxymethyl-1,3-propanediol)が含まれており、Trisバッファーが多くの生化学反応に適用できるバッファーであったことから、現在、Trisバッファーは遺伝子工学実験で最も汎用的に使用されるバッファーのひとつとなっています。

しかしながらTrisにも解離定数が濃度や温度の影響を受ける、哺乳細胞に毒性を示す、一級アミンのためDEPC(Diethylpyrocarbonate)と併用できないなどの欠点があるので注意が必要です。

遺伝子工学用バッファーの種類と用途

バッファー 概要
Tris-HCl 遺伝子工学実験の汎用的なバッファー。pH調整は塩酸で行う。ストック溶液は1Mの濃度で作成する。
温度によってpHが変わる(温度が1℃上がるとpHが0.03減少する)。
TE
Tris-EDTA
Tris-HClとEDTAからなるバッファー。EDTAが核酸分解酵素などの活性に必要な二価の金属イオンを捕捉するため、DNAの溶解や保存に使用される。
酢酸ナトリウム
Sodium Acetate
酢酸ナトリウムによるバッファー。ストック溶液は3Mの濃度で作製される。エタノール沈殿の際に核酸の負電荷を中和し、沈殿しやすくする。
酢酸アンモニウム
Ammonium Acetate
酢酸アンモニウムによるバッファー。ストック溶液は10Mの濃度で作製される。エタノール沈殿の際に核酸の負電荷を中和し、沈殿しやすくする。
TAE
Tris-acetate EDTA
Tris、酢酸、EDTAからなるバッファー。ストック溶液は50倍濃度(50×)で作製される。主に核酸電気泳動に用いられる。
TBEバッファーより安価で、長いDNA断片の分離能が高く、泳動速度も速い。一方で緩衝能はTBEバッファーに劣り、長時間の電気泳動には向かない。
TBE
Tris-borate EDTA
Tris、ほう酸、EDTAからなるバッファー。ストック溶液は10倍濃度(10×)で作製される。主に核酸電気泳動に用いられる。
TAEバッファーより短いDNA断片の分離能が高く、長時間の泳動も可能。
MOPS
MOPS
MOPS (3-(N-Morpholino)propanesulfonic acid)を水に溶解したバッファー。Goodバッファーのひとつ。pH調整は水酸化カリウムで行う。
ホルムアルデヒドを加えて、変性条件下での核酸電気泳動に使用する。
SSC
Saline Sodium Citrate
クエン酸ナトリウムと塩化ナトリウムからなるバッファー。ストック溶液は20倍濃度(20×)で作成される。
サザンブロットやノーザンブロットのトランスファーやハイブリダイゼーションなどに使用される。

参考文献

田村隆明 著, バイオ試薬調製ポケットマニュアル, 羊土社, 2004
Michel R. Green and Joseph Sambrook, "Molecular Cloning", A Laboratory Manual, 4th ed. (2012)